でっきぶらし(News Paper)

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219号(2014年08月)5ページ

病院だより こころのケアも大切に

 ここにはリスがいるんだって…。」時々、夜行性動物館でこんなお客さんの声を聞くことがあります。「スローロリス」という名前を見たら、この動物を知らない人はそう思ってもおかしくありません。テレビ番組で紹介されたりして近頃はだいぶ名前が知られてきましたが、サルのわりには動きがゆっくりで、顔は目がクリクリッとまん丸でピエロのようなのが名前の由来、ひょうきんな印象でとても愛嬌のある動物です。テレビの影響からか一時ペットとして飼う人が増えたそうですが、むやみな捕獲や生息地の減少などによって野生では絶滅寸前となり、現在スローロリスの取引は禁止されています。以前、ペットとして飼われているスローロリスをテレビで見ましたが、完全に人馴れしていて動物園で見る姿とはかなり違う動物でした。
 当園ではスローロリスは「スンダスローロリス」と「レッサースローロリス」の2種類を飼育しています。見た目で「スンダ~」の方が「レッサー~」よりも二回りほど大きな体をしていますが、小さな分「レッサー~」の方がちょこまかと早く動き回ります。どちらもマイペースでケガや病気とは無縁そうに見えますが、時々体のどこかに原因不明のハゲや傷ができてしまうことがあります。ハゲや傷ができてしまうとサルの仲間は口や手でどんどんいじってしまいます。みるみるうちに小さなハゲは大きなハゲに、小さな傷は深く大きな傷になってしまいます。こうなると、もう入院しなければこの状態は改善しません。エリザベスカラーという動物の治療にはなくてはならないカラーを首に巻き、患部をいじらないようにしてしまいます。通常、サルの場合は手を使ってカラーは外してしまうので「頼むからいじらないでくれ~」と祈るしかありません(しかし祈りは天に届かないのがほとんど…)。スローロリスは他の種類のサルに比べておとなしく、また俊敏でないためカラーに包帯をつけ背中でたすき掛けしたところ、カラーを外すことはなくハゲや傷を守ることができました。現在は包帯のたすき掛けに代わって「くつしたウェア」が活躍しています(ホームページででっきぶらし第217号を見てください)。
 しかし、スローロリスで大変なのはこういった外傷などの治療ではなく、この後に起こる二次的な問題です。通常、動物は生活環境を変えたり入院させたりすると、エサの食べが悪くなります。スローロリスの場合、エサを食べなくなってしまう日が数日間も続いてしまい、治療の計画はそれを考慮して立てなければなりません。むやみに毎日捕まえてしまうと全くエサを食べなくなって体がどんどん衰弱してしまい、重症になると死んでしまうこともあります。動物が死亡した際に行う解剖の記録を見ると、これまでのスローロリスの所見には数頭に胃潰瘍が見られました。もしかすると、スローロリスはストレスをとても強く受ける動物で、胃潰瘍などのストレス性の病気になりやすいのかもしれません。
 現在、スローロリスの展示ブースにいる体の大きなオス「ジャイアン」、いかにも強そうな名前ですが、実は今年2月にメスがケガで入院した際、寂しさからかジャイアンまで調子が悪くなってしまいました。急に食欲がなくなり、毛も湿ってボサボサになってしまいました。注射をしましたが様子は変わらず、とうとう入院させることになりました。原因が不明のため、とりあえずジャイアンがストレスで調子を崩していることも想定した治療を始めました。更にジャイアンが少しでも安心できるようメスの隣の入院ゲージに収容しました。しかし、入院後もエサはほとんど食べず、注射での栄養剤で体力を保ちました。食欲が戻り始めたのはなんと入院から約20日後のことでした。それからは順調に回復し、10日後には退院できたのでホッとしましたが、メスはその後退院まで更に2カ月もかかりました。
 スローロリスのように、一見おとなしい動物は容易に接することができると思いがちですが、それは人の勝手な思い込みで、そんな動物ほど人が近寄れば不安を感じます。これはは虫類や両生類も同じです。みなさんも今度のんびりとスローロリスの気分になって観察してみてください。

動物病院係 後藤 正

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