でっきぶらし(News Paper)

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「チンパンジーの骨折」

 日本平動物園で15年ぶりにチンパンジーの赤ちゃんが生まれたことは、昨年10月のでっきぶらしでお伝えしました(第238号表紙参照)。母親コニーにとって久しぶりの出産でしたが、さすがベテランママ。ちゃんとおっぱいをあげてお尻のお世話もして、しっかり子育てをしてくれて、担当飼育員も獣医もホッとしていました。お姉ちゃんのれんげも、好奇心からか母性本能からかたまに赤ちゃんをコニーから借りて、危なっかしいながらも抱っこしてくれていました。男の子だけあって大きな声で鳴いて、毎日元気いっぱいです。しかし、生後2ヶ月を過ぎた10月末のとある日…。
 「あれっ?子どもの左足がコニーに捕まってないな。なんか力が入っていないみたい。」観察していた飼育員が、ふと気づきました。獣医も呼ばれ、みんなでコニー親子を観察しました。…左足が空中でブラブラしている…。サルの仲間の子どもは、人間と違って高い所だろうが逆さまだろうが母親にしっかりしがみついています。特にチンパンジーの手足の握力はすごいので、4本の足でしっかり母親にしがみつくことができます。「なんだろう。しびれたのかな。いや、脱臼か骨折かもしれない。とにかく一度診てみなきゃ。」飼育員と獣医で話し合いの末、コニーから子どもを離して診察をすることにしました。
 しかしそれには、大きな問題が2つあります。1つは、コニーからどうやって子どもを離すか。「はい、ちょっと貸~して~」と言っても、絶対に子どもを貸してはくれません。信頼されている飼育員でも難しいのに、怪しい顔した獣医のオジサンにはなおさらです。もう1つの問題は、もし脱臼ならその場で整復する(はめ込む)ことができるかもしれないけれど、仮に骨折だったら最低1ヶ月以上は入院しなくてはなりません。そうすると、入院中はコニーからおっぱいをもらうことができなくなってしまいます。
とりあえず悪い想像は後回しにして、コニーに吹き矢で麻酔をかけ、寝ている間に子どもを離す(奪う)ことにしました。最近ネコ科の猛獣に吹き矢を使うことが多いのですが、今回はそれよりも難易度がはるかに高いです。チンパンジーは立体的に素早く動くうえに、飛び道具を使ってくるのです(唾やうん〇を口から飛ばしてきます)。そこで、あらかじめ鎮静剤をエサに混ぜて飲ませ、少しでもコニーの動きが遅くなるようにしました。しかし、いざ1メートルぐらいの距離で吹き矢を構えてみると、コニーは怒って全身の毛を逆立てて鉄の柵をたたき、まるでゴリラのように大きく見えました。ふだん落花生を手渡しで食べてくれるコニーからは想像できない迫力に圧倒されながらも、獣医二人の連係プレーでなんとか吹き矢が2本命中しました。コニーがフラついて倒れると、異変を感じた子どもは大きな声で鳴き叫びます。そして我が子を必死で守ろうと、コニーは意識を失う最後の最後まで子どもをしっかり抱いています。そんなけなげな母子の愛情を見ていると涙が出そうになりますが、そんな時間もないのでテキパキと子どもを拉致します。途中でコニーが麻酔から醒めてしまうと、人(サル)さらいの私たちは皆殺しにされてしまうかもしれないので…。とりあえず子どもを抱き上げると、「どうか脱臼でありますように」と心の中で祈りながら数人で左足を触ってみます。「たぶん骨折だな、こりゃ。」と誰かが言いましたが、わずかな望みを捨てずに、急いで子どもを動物病院へ運びレントゲンを撮ります。…レントゲン写真を見て一同ア然。どう見ても折れています。大腿骨(太ももの太い骨)が。そりゃまぁ見事にポッキリと。直径1cm以上もある骨がどんな原因で折れたのかはわかりませんが、とにかく骨をくっつけるには手術をするしかなさそうです。こんな小さな子にメスを入れるのか…と暗い気持ちになりました。
日本平動物園では、骨折の手術は鳥類が圧倒的に多く、哺乳類はめったにありません。しかも生後2ヶ月のチンパンジーのピンニング(骨の中に金属ピンを通し、骨と骨をつなぎ合わせる手術)。日本平動物園初です。全国的に見ても、類人猿の子どもの整形外科手術はとても珍しいのです。人の小児外科医にやってもらえたらいいのに…と絶対叶わぬことを言いながらも、慣れないピンニング手術を頑張りました(一番頑張ったのはこの子ですが)。手術が成功したので、あとはこのまま無事に骨がくっつくことを待つばかりです。いや、待てよ。何か大事なことを忘れている気がする。…そうです。2つめの大きな問題のことです。
手術翌日から人工哺育開始です。まず必要なのは、保育器・哺乳びん・粉ミルク・紙オムツ・お尻ふき…などなど。担当飼育員は以前チンパンジーの人工保育をやったことがあるので、記憶を呼び覚ましたのか、翌日から慣れた手つきでミルクをあげていました。
P6に続く・・・

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