でっきぶらし(News Paper)

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「アラシ君、爪切らせて下さい」 

 当園の猛獣館では、現在オスのジャガーを一頭飼育していますが、今回はそのジャガーのお話です。名前をアラシと言い、年齢は十五才で老齢に差し掛かって来ています。アラシはアメリカからメスのキコと二〇〇三年に日本平動物園にやって来ましたが、キコは一昨年の夏に癌(がん)で亡くなってしまっていました。
 最近、動物園ではハズバンダリートレーニングを色々な動物種に取り入れてきています。ハズバンダリートレーニングとは動物が健康に長生きすることを目的として、動物の協力を得ながら、投薬などの医療行為や様々な処置を行うためのトレーニングです。このトレーニングを行う事で、動物に与える負担が少なく、様々なケアが出来るようになり、猛獣では麻酔をかけなければ不可能だった処置も出来るようになります。アラシの飼育担当者はアラシに健康に長生きして貰うために、最近、ハズバンダリートレーニングを始めました。
 ある日、そのトレーニングの最中に担当者から無線で呼ばれて獣舎に行ったところ、トレーニングの最中に、爪が肉球に食い込んでいることに気付いたと言うのです。ジャガーはネコの仲間なので、爪を出し入れすることが可能で、獲物に飛びかかったり、押える時に爪を出して、普段はしまっています。アラシの様子を見てみると、痛がっている素振りはありませんが、担当者が撮影した写真を見ると、右前肢の一本の爪が肉球に食い込んでいることが確認できました。左前肢の爪も伸びているようです。普段は爪が伸びすぎないように丸太などで爪とぎをしますが、それが上手くできていなかったようです。
 ハズバンダリートレーニングをしているとはいえ、麻酔なしでは、爪切りは出来そうにありません。そこで次の休園日に麻酔をかけて爪切り、健康診断をすることにしました。今後、トレーニングを重ねて行けば、檻のそばに動かずに座って貰って注射をすることができる可能性もありますが、現時点ではその状態には到達していないので、麻酔は吹き矢で行うことにしました。
 麻酔をかける当日、獣舎に到着すると普段と違う雰囲気を感じたのか、アラシは部屋の隅の方で伏せの姿勢をとっています。吹き矢をうつ時は、筋肉の多いお尻や太ももを狙うことが多いのですが、体をうまく隠して、なかなかうたせてくれません。そこで、吹き矢をうたない獣医が気を引きつけたりして、なんとか肩の筋肉の多い部分に吹き矢をうつことができました。
 数分で麻酔が効いたので、万が一急に目覚めた時に備えて、顔にネットをかけて、肢をロープで縛ってから処置を開始しました。まずは右前肢の爪切りです。やはり一本の爪がかなり食い込んでいます。折りたたまれた爪を伸ばして、大動物用の爪切りで切断し、消毒して抗生物質のクリームを塗りました。次は左前肢です。こちらも一本爪が食い込んでいました。右前肢と同様の処置をして、後肢も確認したところ、後肢は問題ありませんでした。それと、昨年から右前肢の前腕部が太くなっていたのでレントゲン写真を撮影しました。他にも血液を採ったり、口の中を見て歯石がないことを確認したり、体重測定などを行い、健康診断の意味も含めた処置を終了しました。動物園で飼育している動物の多くはイヌやネコ、ウシなど比べて、処置できることが限られています。大半の動物は触ることさえできませんし、触って押さえつけることが出来ても、動物にとってはそれが負担になることもあります。その中で、このように試行錯誤しながら、飼育している動物たちを健康に、長生きできるように努めていきたいと考えています。

(飼育係 金澤 裕司)

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