でっきぶらし(News Paper)

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良母愚母 第十回(最終回)・カリフォルニアアシカ

★カリフォルニアアシカ(良母と言えるかどうか…)

 良母愚母の話は、二年前に連載した開園以来の動物と、ずいぶん重複する部分があります。その中には一人前どころか、すでに老いを見せている動物もいるのですから、あって当然のこと。このアシカも、話が重複する動物のひとつです。日本平動物園の歴史の含蓄を感じさせる動物のひとつ、と言ってもいいでしょう。
 開園時まだ子供であった彼等が、ようやく一人前になり、出産の兆しを見せ始めたのは、五年ぐらい経ってからです。以後、二頭のメス、チビとジュンが競うように産み、出産そのものはかなりの数に達しましたが、その経過は決して芳しいものではありません。
 前半、昭和五十五年ぐらいまでを見ても、共に五頭ずつ産みながら、結果は惨めなものです。まともに育ったのは、五十四年六月十二日にジュンか産んで育てた、タローと名付けられた子だけなのですから…。
 脳内出血、栄養失調、溺死、咬傷死、等々の原因によるのですが、最も気に入らないのは溺死です。これもジュンの子ですが、母親の面倒見にどうしても疑問が湧いてきます。
 いくら泳ぎが得意な動物でも、産まれてすぐにすいすい泳げる訳ではありません。最初は水の中に入るのも恐かったでしょうし、泳ぎそのものも危かっしくってしょうがなかったと思います。だからこそ母親のフォローが欲しいのに、結果として溺死では子は救われません。
 その点に関しては、チビのほうが立派です。子が疲れてくると、自らのヒレ(前足のこと)で支えるか、陸に上がるようにしむけました。それが、自然の母親の姿です。
 悲しいかな、体格の違いが、産まれてきた子の体重の違いや母乳の質や量の差まで生じさせ、チビをなかなか良母にさせてくれませんでした。栄養失調が原因による死亡は、全てチビの子です。
 ならば人工哺育にする手があるのではないかとそんな疑問を持たれる方がおられるでしょうか。しかし、それは無理に母親に任せるよりはるかに危険を伴う行為で、生存の確率は限りなく0%に近くなります。理由は簡単。アシカに合うミルクがないからです。動物によって乳成分は様々ですが、その中でも海獣類はより特殊な部類に入ります。
 咬傷死、これはトドと同居させねばならなかったところから生じた悲劇です。危険を危険として理解できない子が、トドに近づいてがぶりとやられた。そう考えない限り起こりようのない事故でした。メスで、発育が順調だっただけに、より悔やまれました。
 これらの難関を越えたからと言って、全てOKではありません。離乳が、また難作業なのです。つまり、ミルクにばかり頼っている子を、いかに”サカナ”に興味を持たせるかです。早過ぎれば消化不良。遅過ぎれば栄養不足を招く為、時期を誤らないことも大切です。
 日本平動物園では、生きている金魚やドジョウを使いました。それらに興味を持たせ、遊ばせ、次第に”サカナ”の味を覚えさせようとしたのです。野生なら、周辺にごく普通にいて突っついたりして遊ぶ内に、自然に味を覚えてゆくのでしょうが、そこがままならぬところに飼育下の辛さがあります。
 せっかくの離乳食も、親と同居させていれば、肝心の子に行き渡りません。ですから、この時期は親と別居させねばならなくなってきます。この作業も、見ていて辛いものです。必死に子を取り返そうとする母親。母親を呼び泣き叫ぶ子、心を鬼にし、眼をつむって情けを経ち切らねばできません。
 タローの経験を唐ワえながらも、五十五年以後も今ひとつパッとせず、わずかに生長率を上昇させただけで、二頭が育ったに過ぎません。その中の一頭、メス(チビの子)だけが親元に残され、三世への希望をかろうじてつないでいます。それは、他の動物に見られなかった遠い道程でした。

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