でっきぶらし(News Paper)

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47号(1985年10月)4ページ

良母愚母 第8回 ◎クロキツネザル(思い出深い盲目の母)

 クロキツネザルは、最初から黒いのか、黒くないのか。このサルではまずこの話題が頭に浮かんできます。ある文献によると、産まれたばかりはオス、メス共に黒、それが6ヶ月ぐらい経つ間にメスだけが茶褐色に変わってゆく、と書かれているそうです。
 これに疑問を投げかけるように出産したのが、当園のクロキツネザル。最初の子は産まれた時から茶褐色。むろんメスでした。2度目は黒。6ヶ月経っても色は変わりませんでした。当然、オス。当園での例を見る限りでは、クロキツネザルのオス、メスの区別は産まれた時から容易につくことになりますが、他園ではどうなのでしょう。
 最初の子は、親はくぐれないが子には楽にくぐれる網の目を通って、自由にあちこちへ行き来。隣のおサルさんのところへひょっこり訪問してみたり、何かに驚けばお母さんのところへひょい。半ば放飼いの状態でした。そんなことをしている内にふいに姿を消してしまい、2度と現われることがなくなりました。
 私にとって思い出深いのは、2度目に産まれた子供です。母親は、両眼ともに緑内障と白内障にかかり、担当者の話では全く見えないか、見えても光を感じる程度であろう、ということでした。
 そんな母親が、両脇に2頭の子をしっかりとかかえていたのは感激でした。茶褐色の毛むくじゃらの中から、黒い頭がふたつニュー。英語ではレーミュー(お化け、幽霊の意)というくらいですから、あまり可愛らしさはありませんでしたが、何とも不思議な魅力をかもし出していました。
 その内の1頭が1〜2週間経った頃に、同居していたオスにがぶり―。類人猿や真猿類に馴れ親しんできた私にとっては、信じられぬ出来事でした。彼らにとってオスはもちろん、家族みんなそろっている中で、交尾、出産、育児が行なわれ、又そうでなければいけないのですから(例外はけっこうあるが)、原猿類の習性の不思議さと社会性の乏しさを感じずにはいられませんでした。
 でも、もう1頭の子は、盲目の母親によって堅実に育てられてゆきました。その間に何度も何度も写真を撮ったのですが、母親の動きは見えているとしか思いようのないぐらい軽快でした。馴れきった環境の中を、木1本動かさなかったのがよかったのでしょう。
 それ以来、クロキツネザル出産のニュースは聞きません。子供も無事に成長した今、他の個体との区別のつけようもなくなりました。母親も最後の力を振り絞っての出産だったようで、以来落ち込んでしまったのか、隠居生活に入っています。彼女にとって、あのひとときが眼は見えなくとも一番華やかなようでした。

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