でっきぶらし(News Paper)

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100号(1994年07月)7ページ

「でっきぶらし」百号記念特集 キリン、三度目の人工哺育

出産予定日が間近に迫り、徳子の様子がいつもと微妙に違っていました。宿直の方に巡回の時に何かあったら知らせてくれと頼んで帰って、それから一時間もしない内にキリンが生まれそうだとの電話です。
急いでキリン舎に馳せ参じると、徳子はゆっくりとした足取りで室内を歩き回っており反芻したりして余裕さえも感じられました。この調子なら今回は自分で育ててくれるかもしれない、と淡い期待が心の中に広がったぐらいです。
前肢一本が見えてから軽い陣痛は見られるものの、それ以上なかなか出てきません。前肢のもう片方がひっかかっているのでは、とやきもきする中、ようやく二本の前肢が見えてきました。これでひと安心です。
二本の前肢が出たり入っている内、陣痛の間隔が短くなってきました。待つこと三時間半、頭部が出たかと思うと、強い陣痛に伴って子の体がずるずると出てきました。 ばしゃーんという音と共に赤ちゃんキリンが生み落とされました。子は羊膜をかぶったままピクピクと少し動いています。
その瞬間から徳子の態度は一変。目は血走り、鼻息は荒くなり、床を前肢でたたく威嚇動作が見られるようになりました。
これで三度目の人工哺育が決定です。子はオスでとても元気です。立とうとするのを押さえ、布やワラではなかなか乾かない羊水でぬれた体を必死になってこすりました。
どうにか乾いた頃、「さあ、もう立っていいよ」の掛け声に子はこわごわ立ち上がり始めました。最初ふるえて四肢も次第に少しずつ力がついてゆきました。
翌日の午後、前回よりの特製の哺乳ビンを使って、ホルスタイン種の初乳を飲ませました。なんと、すぐに乳首に舌をうまく丸めてあっという間に一リットル飲んでしまったのです。
これまでは順調に哺乳できるようになるまで三日ぐらい要していたのに、思いもよらぬ順調なスタートです。どうであれ、これもひと安心です。
これから五ヶ月ぐらい哺乳は続くでしょう。元気に育って欲しいものです。ちなみに出産時の大きさは、頭頂高180cm、胴長60cm、肩高120cm、胸囲100cmでした。(佐野一成)(「でっきぶらし」37号要旨抜粋)
人工哺育に関わった飼育係のそれぞれの思い、ひたむきさを改めて感じ入ります。今度こその願いを破られても、目の前で息づく生命は絶対にないがしろにしないとの気概、安易な言葉で表現できないぐらいです。生命を預かる仕事のきびしさも思い知ります。
人工哺育(育雛)はあれで終わった訳ではなく、断続的に続き、避けられぬ事態として今もしっかり、悩みや苦しみと共に内包されています。
何度も繰り返し語っていますが、人工哺育にしてしまうと、チンパンジーならチンパンジーとしての自覚、交尾や育児能力、社会性など、もろもろの能力を喪失させてしまう確立が大なのです。それが分かっていても、生命は生命、ないがしろにはできません。
将来に不安な思いを抱きつつも、なお様々な動物を私達の手で育みました。ツチブタ、アシカ、アクシスジカ、マーモセット類を含む様々なサル類など、ますますバラエティに富んでゆくばかりでした。
ずっこけ談も増すばかり、とても全ては語り切れませんが、これはと思う忘れ難いのを更に追ってゆきましょう。

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