でっきぶらし(News Paper)

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100号(1994年07月)2ページ

「でっきぶらし」百号記念特集★ぐうたらママワ−スト10★

様々な悩みや苦労の中で、一番困るのが育児放棄。私は知りません。関係ないと子を置き去りにされても、見捨てる訳にはゆきません。私達飼育係の否応なしの出番です。捨てられた動物達の母親代わりになるのです。
十三年も過ぎれば、実に多くの色々な動物が私達の手によって育てられています。どんな理由があるにせよ育児を放棄したのだから、あえて”ぐうたら”と呼ばせてもらい、多少の偏見が混じりつつも”ぐうたらママワースト10”を組んでみました。
・第一位 マントヒヒ
生み捨てること実に七回、全く呆れ返るほどでした。子を逆さに持ったり、床に置き放したりして、最後の最後までまともに抱き上げること
はありませんでした。
マントヒヒの養母となられた当時の独身寮の皆様、大変御苦労様でした。この一位のランク付け、ダントツ過ぎて誰の異論もないでしょう。
・第二位 クロヒョウ
親任せにして失敗が二回、人工哺育が三回、マントヒヒの二の舞かとも思いました。が、六度目の出産の時、木の箱を入れて生ませると、ちゃんと育てたではありませんか。
ちょっとした工夫、心配りで育児ができるようになる典型的な例、と言えるでしょうか。
・第三位 ヒョウ
愛情表現に「食べてしまいたいぐらい可愛い」なんて言ったりしますが、食肉獣の
仲間は文字通り実践することがあります。ヒョウの「ヨッコ」は七年前にそんな事件を起こしました。以後は大事をとって人工哺育に―。
結局、死ぬまでの間に八回、十六頭もの子を生みながら、自分で育てたのはわずかに二頭です。人工哺育で育てたのは三頭、見ようによっては立派に二位にランクできます。
・第四位 キンカジュー
無事に生まれたものの、母親に耳をかじられて人工哺育にされたのは何年前でしょう。七〜八年前になるでしょうか。
子はメスで「キンコ」の名で親しまれ、当時はまだ独身だった女性獣医の後をついて散歩していたのが懐かしく思い出されます。
その後も何度か出産しましたが、育児放棄、食殺を繰り返し更に死産だったりして、とうとう最後までまともに育児することはありませんでした。
・第五位 ダイアナモンキー
出産六回の内、四回は人工哺育か直後の死亡です。いったいそんな彼女が、どうやって立ち直ったのでしょう。
四年前、五度目の出産時、いつものようにオスと分けたりしませんでした。するとどうでしょう。彼女はとても落ち着き、お世辞にも上手とは言えないまでも子をしっかり抱いているではありませんか。
はらはらする動作も時々見られたものの、ここは思い切って彼女に任せました。数日後に見られたのは子以上に成長した母親の姿でした。
・第六位 オランウータン
初産の時は、抱くぐらいのことはするだろうとの期待すら裏切り、子は床下に捨てられて死亡。二度目は抱くだけは抱いてくれましたがそこまでで、結局人工哺育にせざるを得ませんでした。
三度目の正直!!とまではゆかなくとも、クリコは飼育係に手伝ってもらいながらなんとか育児ができるようになりました。
四度目の出産が間近に迫っています。今度こそ”ぐうたら”の汚名返上になるでしょうか。
・第七位 ホッキョクグマ
雪の中にほら穴を造ってその中で子を生み、飲まず喰わずで育てると言うホッキョクグマ、それに似た環境にしてやれば育ててくれるのでしょうか。
一昨年は影・形もなく、昨年は影・形だけでした。今年も発情がきて交尾をしたと聞きました。と言うことは、秋にまた出産が期待されますが・・・
・第八位 ナマケグマ
自分につけられた名前に従順になった訳でもないでしょうが、生むだけ生んで後は知らんふりでは困ります。クマの人工哺育はむずかしく、担当者は口惜し涙を飲みました。
それから一年余、二度目の出産の兆しはまだありません。もう一度生んでくれ、今度こそ、担当者はそんな気持ちでいっぱいでしょう。
・第九位 キリン
母親の「トクコ」、乳を求めてきた子に対して見舞ったのは、強烈なキック一発で、後は一切知らんふり。見事に”ぐうたらママ”の仲間入りをしてくれました。
トクコ自身は初産ながら、母親の出産には幾度も立ち合い充分に学習していた筈です。何度も見ている内に育児は自分でするものではなく、誰かがするものと思い込んでしまったのでしょうか。
・第十位 ハイイロキツネザル
メスでありながら野暮な名前をつけられた「ゴサク」、実は大変なかんしゃく持ちで、急に怒り出してはやたらに咬みつく癖があります。それが災いしてか、二度目の出産の時に育児放棄してしまいました。
手の中にすっぽり隠れてしまう程の小さな赤ちゃん。ミルクも最初は一回に一cc余り、ぐうたらうんぬんよりも苦労しただろう、大変な思いをしただろうが先にきてしまいます。
・次点 クロキツネザル
初産は、いろいろな問題を引き起こします。人工哺育に至らないまでも、ハラハラドキドキさせられることは少なくありません。
クロキツネザルの場合は、自分が今しがた生んだ子を見てびっくり仰天して逃げ出してしまったのです。羊膜をはがすのも、ヘソの緒を切るのも、全て獣医と担当者に任せてしまいました。
救いは、もう一度様子を見ようと元の位置にそっと戻すと、恐る恐るながら子のところへやってきて抱きあげたことでしょう。かろうじて”ぐうたらママ”の汚名を浴びせずにすみました。
・番外 チンパンジー
多摩動物公園より十周年を記念して寄贈して頂いたのですが、彼女達に対する一抹の不安は、ステージに立たせた為に母親との接触期間が二年と短かったことです。思いの他に早い妊娠は嬉しくはありましたが・・・
出産後のしばらくは、私達の心配は全くの取り越し苦労でした。そこそこの育児ぶりを示して、不安を解消してくれました。
ここまでなら、何もぐうたらママの番外の対象にはなりません。が、その内、授乳はするものの火のつくように泣いても子を床において背中をポンポンたたく、引きずったりする、傷ができるほどの毛づくろいをする、を繰り返しました。不幸にも感冒にかかって子が肺炎で死ぬまでの間、全くひどい育児ぶりを見せてくれました。

私達が常に本能だと思っている性行動や育児、実際には学習しなければできない範囲が思いの他多く占めています。特に霊長類は、それが顕著の表れます。
食肉獣は、母性本能が異常に強く働くと子を食殺する傾向が見られます。落ち着ける環境で生ませられるか否かが、育てる育てないの絶対のポイントになります。
ちょっとした心配り、工夫で育児ができるようになった例としてクロヒョウがあげられますし、経験を積み重ねての例としてはダイアナモンキー、オランウータンがあげられるでしょう。
育てないから”ぐうたら”なんて、飼う側の全く勝手な言い分です。結局は、条件づくり、工夫が足りないのです。と言っても私達はまだまだ未熟、分かっていながらも同じ愚かしさを繰り返してしまうかもしれません。
以上、一九八三年五月(四号)に発行したのをやや要約してまとめてみました。懐かしい動物の名がずいぶん出てきて、今更ながらに十年一昔の言葉を噛みしめます。
それに最後の言葉の耳の痛いことこの上なしです。その後も、ずいぶん多くの動物を”ぐうたらママ”の仲間入りをさせてしまいました。
結果的にそれがまた多くの話題を生み、「でっきぶらし」を賑わせました。母親が上手に育てたケースと折り混ぜての「良母愚女」のシリーズでは最も長く、十回に
及ぶシリーズとなりました。「ベビージャック」や「人工哺抄 」も、その姉妹編と言えなくもありません。
では、次は人工哺育に直接関わった担当者の肉声に迫ってみたいと思います。さらりとしていて気負いがありません。その辺が、返って妙味ではないでしょうか。(松下憲行)

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