でっきぶらし(News Paper)

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89号(1992年09月)7ページ

カメラが追う悲喜こもごも【ホンシュウジカの出産】

 ニュースがなければ動物園へゆけ、マスコミ界ではそんなことが言われているそうです。動物園の中にいる者が変化をつかめない時は、時折そっと?動物病院を覗きます。保護されている動物、怪我している動物、人工哺育されている動物、そこには生の情報が様々な形でつまっています。
 やたら出入りしていい場所ではありません。だから、時折そっと遠慮しているふりをして覗くのです。
 そんな時、トルルゥゥー、トルルゥゥーと電話です。見渡せば人影はなし、やむなく電話器を取ると、事務所より「ホンシュウシカが生まれているとお客様から連絡がありましたのでよろしくお願いします」との旨。よりによって記録魔の耳に真先に入るなんて、こりゃあ神様がついている、です。
 ホンシュウシカの出産自体は、おかしくも珍しくもありません。が、出産シーンとかその直後の写真となると皆無でした。逃がす手はないと早速カメラを持って―。
 放飼場の隅で子はまだ体をぬらせたまま座り込んでいました。明らかにまだ生まれたばかりです。恐らくまだ二十分と経っていないであろうことをうかがわせました。
 しきりに子の体を舐める母親、その内子はよろよろとしながらも立ち上がり始めました。このシーンです。このシーンにこそ何物にも代え難い感激があるのです。
 カメラテクニックなんて要りはしません。望遠レンズでしっかり母子を捕らえ、ブレ、ボケだけに気をつけてシャッターを押せばいいのです。
 後は母子が自然に語ってくれます。何の工夫もなしにほのぼのとした写真のでき上がりです。このようなシーンには私達飼育係でさえ、意外と出会えそうで出会えないものです。

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