でっきぶらし(News Paper)

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51号(1986年05月)11ページ

オランウータンとチンパンジー 体温から振りかえる

松下憲行
今、体温のまとめを表にしている。一昨年のジュン・リッキーの同居時から別れまで、次にベリーが来園して見合いをし同居に至った、ほぼ一年余の過程をだ。
まずは平均表作りから入っていったのだが、当時の様々な出来事が、脳裡のスクリーンに見事に写し出される。山や谷をなす曲線や数値が、それ程に私に語りかけてくる・・・。
リッキーがジュンとの遊びの過程であろう歯が欠けて歯茎に刺さり発熱、次には風邪による発熱、かと思えば暖房機が故障していて驚く程の低い体温を示したり・・・。
ジュンにしたところで、リッキーの風邪を貰ってヒィーヒィー。季節の変わり目の九、十月にしばしば37度台を割ったり、或いはベリーとの見合い時に相手がいなくなると寂しがって高熱を出したりすることがあった。
ベリーに至っては、見合い時の心理的圧迫を受けての高熱、しばしば風邪による発熱もさることながら、貧血による体温の低下は体の芯までゾーッとするぐらい震感させられた。

これからも検温は続けてゆくつもりでいるが、まとめの段階になって、よくぞこれだけいろんなことがあったな、と思わせられることはないであろう。はっきりいって、あっては困る。何たって平穏が一番いい。
それにしてもと思うのは、リッキーの動きのよさだ。毎日、午前(八時台)と午後(三時台)に検温、更に月に二度朝の七時から夜の七時まで二時間おきに検温して、正常範囲の36度5分から38度5分を把握。ジュンにしても同様の方法で36度4分から38度4分を把握していたのだが、上がり方、弧の描き方がリッキーのほうがはるかに大きいのだ。
いつぞや暖房機が故障していて、朝七時の体温が36度1分の時があったのだが、目覚めて動き出すと共に体温はグイグイ上昇。九時で37度3分、十一時にはあっさり38度台にのってしまった。穏やかな天候にも支えられたのだが、改めて動きの活発さに感心させられたものだ。
ジュンではこうはゆかない。というより、リッキーと全く同じ条件で検温して比べるせいであろう。もったりというか、ゆったりというか、割合に時間をかけて上がってゆくようであった。
しかし、十五回に及んだそんな比較の中で、一度だけジュンの方がリッキーを上回って、弧を描いたことがあった。寒さだ。リッキーはよく動き体温が上がり易い反面、冬場における悪条件、曇って冷たい風が伴うと、体力がまだしっかりついていなかったこともあるが、非常に下がり易い一面を持っていた。
悪条件が伴わない場合でも、放飼場での遊びを終え、入室し夕食の段階になると、その時の平均体温は、リッキーのほうがやや下回る傾向にあった。おおまかな見方として、チンパンジー・リッキーは熱し易く冷め易い。オランウータン・ジュンは熱し難く冷め難い傾向にあった。体質の違いと見なしてもよいかもしれない。
今更ながら、「ギョエー」と奇声を発したくなるのは、ベリーの平均体温表だ。昨年七月から十二月までのそれぞれの月(午前・午後共)の最高値でまともなのは、十二月だけ。その十二月といえば、逆に最低値で著しい異常を示していた。
ベリーが来園してからの半年間、安堵する間がなかったことを如実に表わしている。ジュンとの見合いによる心理的圧迫からの発熱。何とか同居に至った過程の中でしばしば襲った風邪による体調の崩れ。そして貧血からくる“体温の下降”が、間断なく押し寄せてきていたのがはっきりとわかるのだ。
貧血を起こすと“体温の下降”を招く?!!まさかと思われるだろうか。これはもう少し詳しく説明しておこう。
結論を出すには、とにもかくにも採血が必要である。が、結論が出てからながら、貧血をおこしていた過程を見ると、食欲が落ちて行動が鈍化しただけでなく、体温にも行動の鈍化からの相乗作用以上に低下が見られたことだ。
ふつう健康体であれば、日中ごろりと横になっても、まず37度を下回ることはない。だが貧血状態になると、多少動いても37度1分か2分になるのが精一杯で、たいていは37度を下回っていた。ひどい時には、36度1分という睡眠時にさえ表れない数値を示すこともあった。
食欲が落ちて行動が鈍化し、それに体温の著しい低下が伴ったら、貧血を疑え。ベリーの体温のデータはそんなことを語りかけているようでもある。
リッキーからこのベリーへと渡り歩いたジュンは、この間どんな風に揺れ動いただろう。ざっと見渡す分には、冒頭に述べた以上の変化はない。いや、ジュンまでおかしくなっていれば、泣きっ面にハチであった。
時折、何かがあって小さな山や谷を作っただけで、平均体温も比較的きれいな曲線を描いた。その中には、ジュンの体温のピークは38度4分とするものも入っている。
体温が高い日の食欲や行動を見て、健康な状態で上がりに上がっても、ここが最高値なのであろうと判断したのである。更に付け加えるならば、余程強烈に遊ばない限りこの数値は出ず、最近では38度台を滅多に出さなくなっている。
体温から様々なことを語りかけてくれた彼ら、今度まとめる時は平々凡々でつまらない話しかないぐらいであって欲しいと思う。
おわり

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