でっきぶらし(News Paper)

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80号(1991年03月)1ページ

春の話題を追って

 春らんまん、この言葉を聞いただけでも心地よい気分です。色取り取りの花につつまれて、夢の中に浸っている気分です。山々は新緑をなし、全てが希望に溢れているかのようですらあります。
 黄色の歓声がけたたましいほうに目を見やれば、たいていは動物の親子がそこで戯れています。「可愛い」を連発し大安売り。赤ちゃんが思いの他小さかったりとか、想像以上にたくましかったりとかで、思い思いに楽しまれています。
 春の光景、と言うより五〜六月の初夏に最も見られる光景ですが、ここへ至るまでの経過はありきたりの言い方ですが、決して一様ではありません。何かの苦労もなしにポコッと生まれてそのまま順調に育つこともあれば、至れり尽せりの気配りをしたのにも拘らず、あたら若い生命を失ってしまうこともあります。
 そうして受けた心の傷は癒えることはありませんが、くよくよしていればプロらしくないばかりか死んだ動物にも相済みません。春の湧き立つ希望の後押しを受けて、前進あるのみです。

★オオアリクイの出産

 オオアリクイの話をここで何度するでしょう。またか、なんて言わないで下さい。飼育している園館も少なくなっていますし、ましてや繁殖となれば極めて稀なのです。
 それが今年に入って間もなく、三度目の妊娠ほぼ間違いなしの報です。「乳腺が張ってきたよ」「昨日、軽く触ったら乳が少し出てきたよ」と、希望にわくわくする話が相次ぎました。
 最初は、そうそううまくゆく筈がないと半信半疑だった周りの人も、いつしか関心はいつ生まれるかに変わってゆきました。担当者が、オオアリクイの夫以上にメスと仲よくなって、そこら中を調べまくっての報告なのです。疑う余地はありませんでした。
 予想より一ヶ月ぐらい早かったでしょうか。でも格別早産と言う訳でもなく、体重も前回並み、成長は、これは前回以上に凄く担当者すら驚かせました。
 もう、親から離れて悪戯をし始めているそうです。特に今回はオス、その内とんでもない悪さをして担当者を困らせるかもしれません。

★ニホンザル 若メスの死

 「一昨日、ニホンザルのメスが死にました。早産が原因なのですが、何か栄養的な問題があったのでしょうか」と、昨年入ったばかりの若い飼育係が私に質問してきました。サルの飼育経験の長い私、知らぬ、分からぬで済ます訳には参りません。
 よくよく聞いてゆくと、その若いメスは一番ランキングが低く、何かある度にもう一頭のメスによく追われていたそうです。そこへ年齢的(五〜六才)にもやや早過ぎた感のある妊娠、悪条件が重なっていました。
 推測するに、何かで追われた弾みに滑るか転ぶかして腹部を強打、起こりにくい事故が生じるくらい妊娠が負担になっていて、結果的に腹部に内出血を起こして死亡。
 獣医の話をも総合すると、これでほぼ間違いなさそうです。栄養的には問題はなかったとのこと。ともあれ、二十五〜六年は生きる力を持っている動物、早過ぎる死にメスであるが故の哀れさを思わずにはいられませんでした。

★アカテタマリンの来園

 どんな動物であれ、来園して間もなくは新しい環境に順応させるのに苦労させられます。様々なストレスが新着の動物を襲い、喧嘩、いじめ、下痢、嘔吐等の症状となって表れてきます。
 アカテタマリンの若いメスが浜松からやってきた時も、御多分に漏れませんでした。特に不安だったのは、この個体は仲間同志の闘争に敗れ、ひとりぼっちで病院生活を余儀なくさせられていたことです。
 社会性の強い動物にはつきものとは言え、運動不足に加えて一年近い単独生活がどうはね返ってくるか、正直心配でした。
 父親とその娘に当たるメスを外し、いちばん若い一才半のオス二頭と同居させました。久々に出会った自分の仲間にメスは怯えに怯え、初日は一日中泣きわめく有様でした。
 それは一応翌日には収まりましたが、何から何まで不安だったのでしょう。しばしば、下痢と嘔吐を繰り返しました。整腸剤を与えたのですが、途端に薬の入った餌の採食はストップ。この仲間では比較的大きいほうと言いながらもせいぜい四〜五百g、下手をすれば入院させるしかないかも…。
 と悩みつつも、春はいいものです。温暖な気候に体調は思いの他早く回復し、かつオスも若くてまだ意地悪の知らない年齢、気がつけばウンチはころころ、オス二頭とも仲良くなり始めていました。

★ビントロングの保護

 こんなけったいな(関西弁でおかしな、変なの意)名前の動物、何かと思われるでしょう。図鑑によれば、東南アジア一帯に生息し、夜行性でジャコウネコの仲間と説明してあります。尾が長く、その先で物に巻きつけられるのが、この動物の特窒フようです。
 まだ幼獣であったものの、この動物が清水のスーパーの駐車場に捨てられていたそうです。最初に発見された方、さぞや驚かれたでしょう。犬ではない、でもネコにしてはどこかおかしい。いったい何だろうと…。
 こんな話、珍しいことであって欲しいのですが、そうでもないのが実情です。近頃お騒がせのアライグマの件も考え合わせ、困ったと言うより、けしからんと言ったほうがよいかもしれません。野生動物はペットには向かず、結局は手に負えなくなってしまうのです。

★カリフォルニアアシカの早産

 国産の動物に限らず、春から初夏にかけて生まれる動物はずいぶんいます。カリフォルニアアシカもそのひとつです。過去の経過を見ても、大半は五〜六月に集中しています。
 それを四月頃に耳にする時には、ろくなことがありません。いわゆる早産です。後一歩成熟が足りない状態で生まれてしまうのです。
 未熟児でも育つのは、ヒト様の世界だけ。アシカに限らず、早産で生まれて来られたら全くのお手上げです。しっかり生まれてきたって、様々な要因に成長を阻まれます。
 当園でもアシカの赤ちゃんが何とか育つようになったのは最近のことで、他園でも似たような状況です。人工哺育の場合はミルクを合わせるのがむつかしくて、親に任せた場合は離乳作業がむつかしくて…。
 早産したエルは、まだ若い。来年に期待を寄せましょう。

★ショウジョウトキの来園
 フライングケージに、くすんだ灰色の中からピンクの羽根を数本チラチラさせた妙なトキがいます。正体は見事な朱色をしたショウジョウトキの幼鳥です。と言っても、当園で繁殖した訳ではありません。
 もう何年前でしょうか。十五年以上は経つでしょうか、ショウジョウトキのひなが毎年毎年元気に育っていた時期がありました。黒から朱色に変化してゆく様を思う存分味わせてくれた時期がありました。今いるショウジョウトキは、大半はその時に育った個体です。
 夢よ再び、と”新しい血”が導入されたのです。来年中には見事に朱色に変身した姿を見せてくれるでしょう。とすれば、再来年かその先ぐらいには…。
 ちょっと気の長いだいぶ先の話ではあるものの、新たな希望ではあります、今はそっと大事に見守りましょう。

★マレーバクの死

 草食獣は、今は隅蹄獣の時代と言われています。つまり、ウシ、シカ、キリン、ラクダ等の全盛期で、奇蹄獣は先細りの傾向を示し、中でもサイやバクは滅びつつあると言われています。
 実際、シロサイをじっと見ていると実に古ぼけたイメージ、化石が動いているようです。マレーバクにしてもそう、付き合えば付き合う程、弱さもろさを感じさせます。
 冬場に入って、足の裏にひび割れを作る草食獣なんているでしょうか。ちょっと冷え込んだら、立ち上がるのもままならなくなる草食獣なんているでしょうか。走るだけが能にないにしても、脚力の弱さには”滅びつつ”をつい思い起こさせます。
 元来、水の中が好きなのですが、何かがあると水の中に潜ってしまのですが、水が冷たくなるとぶるってしまいます。朝夕の気温差の激しい秋から春先にかけては、本当に細やかな気配りの必要な動物でした。
 冬場に老齢のオスが死んだ時には少々の諦めがつきつつも、春先の若メスの死はいささかショックでした。日本平での初めての冬が相当にこたえたのか、結局は絶えきれずに未知の力を発揮せぬまま逝ってしまいました。

★エリマキキツネザルの出産

 少々貴重な動物であっても、出産を繰り返せば繰り返す程、周囲の関心を失ってゆきます。エリマキキツネザルの場合、正にそう。記録係の方にしても「ふうん」と、実に素気ない返事です。
 私の担当動物、少々ひがみたくもなりますが、今回も含めてもう七回目です。しかも一度に二〜四頭出産する為、その数は十九頭にも及びます。サルの出産頭数としては、群を抜いています。あまり関心を示されなくなっても、これでは文句の言いようもありません。
 それどころか、貰い手がなくて悲鳴をあげつつあるのが現実です。今も昨年生まれの二頭は予備室におかれたままで、今年の三頭も先行どうなることやら…。

★カメ舎完成

 怖いもの見たさ、爬虫類を見るお客様間にはそんな心理が強く働くようです。嫌いだ、気味が悪いと言いつつ、細々としたところにまで目を見やっています。
 さて、その爬虫類館に今春よりカメ舎が新装オープンしました。従来のスッポンやマタマタ、ワニガメ等に加えて、正に世界のあちこちからの陸ガメ、淡水ガメ十数類が新たに展示されました。
 中でも、興味をひかれるのはナガクビガメの仲間です。首をにょろにょろさせて泳ぐ様は、何とも奇妙。今までカメに抱いていた既成概念を打ち砕かれます。
 このカメを見やる子供達、面白い命名をしてくれます。「わぁっー、ヘビガメがいる」です。爬虫類イコールヘビのイメージ。で、そこに首の長いカメがいるとあっては、ふうーんと妙に納得させられます。
 爬虫類の中でいちばん動きのよい動物、これからも、“怖いもの見たさ”の人達の関心を引き寄せ、人気者であり続けるでしょう。
 春は何だかんだと言っても話題の多いシーズンです。ベビーの誕生は今年はどれくらいかなと思っている間にも、フンボルトペンギンのふ化、チンパンジーの出産(人工哺育)の朗報。反面、有難くないニュースも入ってきます。こちらは願い下げとゆきたいものですが、二百種類以上をも飼育していれば、悲喜こもごもは隣り合わせでやってきます。

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