でっきぶらし(News Paper)

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245号(2018年12月)5ページ

「さようなら、アラシ」

 10月19日の朝、ジャガーのアラシ(享年17歳)が亡くなりました。2003年5月、静岡市と清水市が合併した年にアメリカオマハ市から友好動物として来園して15年、人気者のブラックジャガーでした。私も同じ年の4月にこの動物園で働き始めたので、思い入れのある動物でいまだに寂しさを引きずっています。5月に展示中止になってからも、お客様から「アラシはどうですか」とお問い合わせをいただくことがあり、その存在感の大きさを改めて知ることになりました。たくさんの皆様に愛されていたアラシの5か月間の闘病生活についてご報告します。
 アラシは平成30年4月頃から、後ろ足の足取りが重く、展示場で転び、寝室からの出入りに時間がかかるようになりました。餌に薬を入れて治療を開始し、5月にはフラフラして時々転ぶような足取りから一旦は回復したものの、また数日で悪化、いよいよ立てなくなってしまいました。清掃のため隣の寝室へ移動する時にも、後足を引きずって前足だけで進むのです。途中の通路で辛そうに止まり動かなくなる状況になったので、飼育担当者と相談し、麻酔をかけて精密検査をすることにし、猛獣館299からバックヤード棟に移動しました。
 血液検査、レントゲン、エコー検査の他に、数年前からできていた右前足の腫瘍の組織検査も行いました。骨折や筋肉断裂のような異常はなく、お腹に水が溜まっていることもありません。アラシの腫瘍は悪性で、腫瘍の転移も疑っていましたが、病理検査結果では両後足が麻痺していることとの因果関係は低いとのことでした。血液検査では肝臓の値が少し高いくらいで、高齢ネコでよく見られる腎機能不全にもなっていませんでした。
 これらのことと、今までの投薬への反応から、神経性の麻痺であると診断しました。ペットのネコであれば、起きている状態で足を触って関節等の詳しい神経検査ができます。しかし相手はジャガー。麻酔をかけて眠ってもらわないと一緒の部屋には入れません(この後、通常ではありえないことが行われます。続きは後ほど…。)。高齢のアラシに何度も麻酔をかけて身体に負担をかけることは、彼の寿命を縮めることになります。そのため、神経を活性化させる薬を最大用量使用し反応を待ちましたが、再びアラシが後足で起立することはありませんでした。
 ここまで読むと、点滴や心電図モニターをつけてベッドに横たわっているような状態だったと思われるかもしれません。しかし、アラシは後足が麻痺している以外は元気でした。食欲旺盛で、前足で部屋の中を移動し、近づけば威嚇する気迫もありました。ここから、目が覚めているジャガーと同じ部屋に入って作業するという、飼育(介護)が始まります。
 部屋の中での作業は、飼育担当者と獣医師の必ず2名で行いました。1人が盾を持ってアラシの様子を見ながら、もう1人が周囲に回って糞を取りホースやジェット水流で床の掃除をするという具合です。少ししてコンクリートの上で自分の尿で後足が濡れ床ずれをおこしてきたので、アラシの横にスノコを置き、板と丸太をアラシの身体にあてて、テコの原理を使い5人がかりでスノコの上に載せました。そうすることで、尿が床に落ちて身体が濡れずに済みました。アラシは数枚敷いたスノコの上を移動して、餌を食べたり水を飲んだりと少し快適になったようです。エジプトのスフィンクス像の後足が片側に横たわっているような体勢で過ごすことが多く、治療中時々前足でスルスルとスノコを降りて人に向かって突進してくることもありました。アラシは平然とした顔で威嚇するわけではなかったのですが、透明な盾越しにジャガーが自分に向かってくるのには命の危機を感じながら、「あ~スノコから降りちゃった、どうしよう」。そんな心配をよそに、後で覗くと自分でスノコの上に戻っていました。スノコのヘリを担当者が削って丸くし登りやすくしてくれていたお陰です。
 後足周辺の床ずれを治療する時には、ぐるんと上半身を反転させて後ろに頭を持ってくることもあり、常にアラシの頭の位置を確認しながら傷口の処置をする等とても危険な作業でした。アラシは掃除中に水きりで床の水をきっていると前足でそれをつかんで遊ぼうとしたりする余裕もありました。立てないとはいえ噛まれれば最後ですから、事故を起こさないように細心の注意を払いながら、できる限りのことをアラシにしてあげたいというスタッフ皆の思いがあったのです。アラシの近況をHPに定期的に載せてほしいというファンの方からのお声もありましたが、バックヤードでのんびり余生を送っているという状況ではなかったので、ご理解いただければ幸いです。
(次ページに続く)

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