でっきぶらし(News Paper)

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237号(2017年08月)4ページ

病院だより「良薬は口に旨し」

 私たち獣医は、様々な動物に対していろいろな治療をしていますが、各地の動物園獣医たちにとってワースト3に入る厄介な病気があります。その名も「カンガルー病」です。

 どのように厄介かというと、毎日ドロ(とウンコ)だらけになってカンガルーを捕まえて注射を打ち続け、やっと治ったぁーと思ってもやがて再発してしまう厄介な病気だからです。このカンガルー病は、口の中の小さな傷から入った細菌によって顎(あご)が腫れ、ひどくなると歯や顎の骨までボロボロにしてしまい、食べ物が食べられなくなってカンガルーを衰弱して死なせてしまう病気です。治療方法は、抗生物質を毎日のように打つことだけなので、カンガルー本人が大変なのはもちろん、保定の際にキック力のあるカンガルーに蹴られて獣医も飼育員もヘトヘトになってしまうのです。

 わが日本平動物園でも、一人暮らしのベネットアカクビワラビーのメスの「ルッコラ」がおととしカンガルー病にかかってしまい、1ヶ月ものあいだ毎日毎日抗生物質の注射を打ちました。しかし、治った後に姫路セントラルパークから若いペアがやってきて(2017年4月発行でっきぶらし第235号の「今更ですが・・・」参照)、3頭で仲良く暮らすようになって寂しさがなくなったおかげか、カンガルー病も出なくなりました。

 ところが6月のある日、ワラビーの担当者から「ルッコラの顎が腫れてきた」という“呪いの言葉”を聞き、じっくり見てみたところ、確かにルッコラの下顎が少し大きくなってしました。しかもよだれも垂らしていました(よだれがたくさん出るのはカンガルー病の特徴です)。いつもであれば、「注射はかわいそうだけど治すためには仕方ない」という感じですが、今回ばかりは少し状況が違います。なぜかというと、最近飼育員やお客さんから「ルッコラのお腹が動いているんだけど、もしかしておめでた?」といったことを言われているからです。私も一度、ルッコラが正面を向いて座っている時に、下腹部が映画「エイリアン」のようにうごめいているのを見たことがあります。カンガルーの仲間は子どもが超未熟児で生まれるので、お母さんのお腹の袋で何ヶ月か過ごして大きくなって、初めて袋から顔を出した日が「初認日」という誕生日みたいなものになります。という訳で、妊娠もしくは授乳しているかもしれない動物には、抗生物質の注射を打つことも捕まえて保定することも、なるべくやりたくないことなのです。とりあえず、まだ顎の腫れが小さいし食欲も旺盛なので、様子見としました。

 それからは、獣医は「どうか自然に腫れがおさまりますように」と天に祈っていましたが、ワラビーの担当飼育員は動物園内でドクダミを採ってきて、毎日ルッコラたちにあげました。実は、ドクダミには抗菌作用と毒消し作用があり(これによりドクダミという名前がつきました)、その効果に期待したのです。今までドクダミはおろか野草などあげたことがなかったワラビーですが、あのツーンとくる匂いがやみつきになったのか驚くほどモリモリ食べて一瞬でたいらげていきました。ルッコラという名前だけに、葉物野菜が大好きなのかもしれませんね(笑)。

 そんな食生活が2週間以上も続いたある日、「ルッコラの顎、小さくなってない?」と担当飼育員と獣医が感じ始めました。私の天への祈りが通じたのかドクダミが効いたのか、驚くべき奇跡が起こったのです!これには、飼育員も獣医も大喜びでした。そして数日でルッコラの顎はすっかり元の大きさに戻り、やれやれこれでやっとひと安心といったところです。

 最近は、獣医療も人間並みに進んできて西洋医学ばかりにとらわれがちですが、民間療法や東洋医学もあなどれませんね。いい勉強になりました。これからはいろいろな分野に目を向けて、日々精進していこうと思います。

(動物病院係  塩野 正義)

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