でっきぶらし(News Paper)

一覧へ戻る

« 206号の2ページへ206号の4ページへ »

206号(2012年06月)3ページ

シャンティ、これからもよろしく

「シャンティ、アトさがってアト・・・・はい止マッテ!」
(シャンティの前に、餌箱から野菜を出して並べる)
「シャンティ、あいさつ!・・・立って良し!鼻上げて、、、あ、こら!!」
 鼻を下して、野菜に手を付けるシャンティ。本当は鼻上げての後に、食べてよしの合図を待たなければならないのに、食べてしまいました。こういう時は先輩飼育係がシャンティを静止して、もう一度あいさつからやり直し。あー、もう一年も経つというのに、まだ号令もろくに聞いてくれないんだなぁ。
 私がゾウの飼育係になって一年が過ぎました。私が来る前までは、仔ゾウの時から「シャンティ」ともう一頭のゾウ「ダンボ」を四十年以上世話してきた、彼女たちのお父さんのような存在である飼育係の佐野さんがいました。私は佐野さんの代わりにゾウの飼育係になったので、彼女たちから見れば、なんだこの若造は!と思ったことでしょう(実際、年齢も二〇歳近くゾウの方が年上なのですが)。先輩のゾウの飼育係がいて、ゾウたちがいて、言わばゾウの群れの中に、私はぽつんとやってきたのです。新入りが、群れの中に入れてもらうには、認めてもらわなければなりません。ゾウに認めてもらうため、ゾウに信頼してもらうための日々が始まりました。
 最初の三ヶ月は全くゾウに近づかず、先輩飼育係の傍ら、部屋の掃除や、餌の準備など、いわば裏方の仕事に徹しました。新人の私がいきなりゾウのいる部屋に入ることは、ゾウにとってストレスであり、とても危険なのです。
 三ヶ月が過ぎて、新人の私もようやく「先輩」たちに知ってもらえてきたでしょうか。一緒にゾウの部屋に入ったり、牙の手入れをしたり、ちょっとずつではありますが、彼女たちとの距離を縮めていこうとしました。
 ちょうど四ヶ月過ぎたあたりでしょうか。私もゾウたちと親しくなってこれたと自信が持てるようになりました。そんなある日、出舎(朝、ゾウたちの寝室から放飼場に出すこと)の準備をしていた時のこと、シャンティがいる部屋の前のキーパー通路を通る際、つまずいて体勢が崩れてしまいました。その時、シャンティがとても怒ったような目をして、私に向かって、あの長い鼻を振り上げてきたのです。幸い、私とシャンティの間には、柵があったので、シャンティの鼻は届かず、私もケガはありませんでした。先輩飼育係からは、ゾウが驚くからゾウの前で急な動きはしないように言われていたのに、シャンティの嫌がることを結果としてやってしまって、私は悔いました。
 それからしばらくの間、ゾウとの距離をとるようにしました。時間をかけてまたゾウとの距離を縮めていき、今は餌の時、号令をかけ、調教の際は先輩飼育係の隣について、徐々にですが私も調教ができるように準備をしています。そのくらいゾウの近くまで、いることができるようになりました。
 しかし、あの日以来、私の心の中に、ゾウに対する恐怖心が芽生えてしまいました。今でもどこかでゾウを怖がっている私がいます。それはたぶん無くなる事はないんだと思います。あの時のシャンティの目が忘れられないのです。そんな私をシャンティは見透かしているのでしょう。餌の前の号令の際、明らかに私の号令を無視して食べ始めてしまうなど、私を試してくることが幾度とあります。
 私がゾウに認めてもらうまで、ゾウの仲間の一員になれるまで、まだまだ長い時間がかかりそうです。もしかしたら一生かかっても認められないかもしれません。しかし、一年経って、私はゾウの飼育係をやり続けたいと思うようになりました。いつの間にか私はゾウに惹きつけられていました。他の動物と違って、なにかこう人間的な部分がみられて、飼う飼われるという、人と飼育動物の関係を越えたものを感じさせてくれるのです。今は私の言うことを聞いてくれない、だからこそゾウの飼育係にやりがいを感じています。今日の号令ははたしてちゃんと聞いてくれるだろうか・・・。不安な気持ちあり、でも、わくわくする気持ちもあり、今日もまたゾウと向き合っていこうと思います。
 
飼育担当 山本 幸介

« 206号の2ページへ206号の4ページへ »

一覧へ戻る

ページの先頭へ