でっきぶらし(News Paper)

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177号(2007年08月)5ページ

「がんばれ!キーコとリズ」

その日はあっという間にやってきてしまいました。
5月17日、2頭のチンパンジーが韓国のエバーランド動物園にお嫁入りするため、長年生活を共にした母親や仲間たちと別れてしまうとても寂しく大切な日でした。

お嫁入りするチンパンジーの名前は、リズ8歳とキーコ6歳の2頭です。2頭共とても素直な良い子でした。お嫁入りする話は、かなり前からありましたが、いろいろな諸事情で話が消えては現れという感じでした。

チンパンジーの年齢の8歳、6歳は人間に例えると、だいたい12〜18歳くらいになります。人間ならまだまだ親といっしょに生活をし、いろいろな事を教えられ覚えていかなくてはならない大切な年頃かもしれません。でも、チンパンジーにとっては、もう立派な1人の女性としてがんばっていかなくてはならない年齢なのです。

5月14日、いよいよ母親たちとリズ、キーコを離す日がやってきました。いつもの入舎作業の時と同じように気持ちを落ち着かせ、作業に入ろうと心掛けましたが、そういう気持ちを考えるとかえって変な緊張感が出てしまい、「これではマズイ、動物たちに感じ取られてしまう。」と思いながら作業している自分がそこにいました(平常心を保つのは大変ですね。)。

シュート扉を開け、一斉に入って来るチンパンジーをすばやく離すにはタイミングをずらしてしまうとそれで終わりで仕切り直しができません。いつもと違う雰囲気を感じ取るのはどの動物よりも強いかもしれません。

タイミングよく、とりあえず、リズ、キーコそれにリズの母親のピーチの3頭を入舎させることができました。キーコをまず部屋に入室させ、今度はリズを母親から離さなければなりません。しかし、ただならぬ雰囲気を感じてか一向に離れようとしません。

自分が焦りを出したところでどうにもならないため、「いつかきっと離すタイミングがあるはずだ。」と思いのんびり構えてその時を待ちました。何度か失敗を重ねましたが、ようやく離すことができました。

ずっと同じ部屋の中で生活をしてきたのに、突然1人にさせられて黙っているはずがありませんよね。「ギャーギャー騒ぐわ、檻はガタガタ揺するわ。」のオンパレードで、獣舎内が大音量で音楽でも流しているような耳をふさぎたくなるほどの騒ぎになりました。

ひとしきり騒いで疲れたのか、時間が経つといつもの状態に戻りましたが、精神的なショックは大きく、食事にも手を付けず、ウンチは軟便だらけになってしまいました。

声を掛けて、「ごめんよ。」と何度も繰り返し言いましたが、かえって自分がそこにいることが余計な刺激になると思い、その場を離れ明日を迎えることとしました。

翌朝、いつも通り「おはよう。」の声掛けから始まりましたが、案の定皆元気がありませんでした。放飼場に出してもいつものような活発な動きは少なく、母親同士お互いの心の傷を慰めあっているのか静かな状態が続きました。

別室にいるリズ、キーコはというと思っていたのとは裏腹に、比較的落ち着いていてびっくりしました。こちらの気持ちを察してか、「もうひとり立ちしなくちゃいけないのかな。」と思ってくれたかは定かではないですが・・・。

5月16日、出園を翌日に控え、輸送用の檻へ移す作業に入りました。1頭ずつ麻酔をかけ、健康チェック、身体計測などを行いました。静かに眠る彼女たちを見ていると、「こんなに立派になってくれてありがとう。」と感慨深くなってしまいました。

しばらくし麻酔が醒め、「なんでこんな狭い檻の中にいるの?。」というような不思議そうな顔をしている2頭がそこにいました。檻の中でも静かにしていて、「いよいよ明日だな」と声を掛けると、いつものように体を寄せてきたり、お尻を見せてくれたりと何ら変わることのない態度で接してくれました。

5月17日、いよいよ日本平動物園での最後の日を迎えることとなりました。午後1時に4tトラックが迎えに来ました。トラックの荷台に数人のスタッフで積み込み最後の別れを告げ、「がんばれよ。」の声に2頭は、「うん、がんばるよ。応援していてね。」と何度も頭を上下に動かして答えてくれているように見えました。自分にとってこの姿はきっと一生忘れられない場面になることは間違いありません。

最後に2人の娘たちに。「良いお母さんになって、たくさんの子供を授かるようにがんばれ。いつまでも応援しているよ。」      

(佐野 彰彦)

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