でっきぶらし(News Paper)

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34号(1983年07月)2ページ

動物園の1年 〜後編〜

いきなりアメリカバイソンが死にましたと書き出して、いささか気が重くなりました。悲しい、辛い思い出等は、はるか遠くの記憶の彼方に追いやってしまいたいものです。恥をさらしているようで泣き言を書いているようで・・・。でも、私が読者ならと考える時、ありのままの姿を書いて欲しいと思うし、裏側の苦労も知りたいと思います。

1年365日、決していい事だけが続く筈がないのは極めて常識的な事ですし、そんな上辺ばかりを書いていれば、前進が失せ底が浅くなり、隠し事が見透かされて、中身が薄っぺらになってゆくと思います。あえて触れる不幸、恥にこそ中身の濃さがあり、飼育係の偽らざる心境がにじみ出てくるでしょう。
私たちは、動物が死んでも、死んだとは言いません。殺したと言います。例え天寿を全うしたとしてでもです。逆に生まれた時には、生まれたとは言わずに増やしたと言います。死が“恥”なら、誕生は“誇り”として大いに胸を張ります。そんな誇りも、どんどん書いてゆきたいと思います。

◆ 10月 親善大使来る ◆
熱帯鳥類の大移動に気を取られて、大事なことを忘れていました。この月は、中華人民共和国・西安市へ、クロヒョウのペアとダチョウのメスを贈った御礼として、レッサーパンダのメスとベンガルヤマネコのペアがやって来ていたのです。この親善大使を忘れてはいけません。
これでレッサーパンダも再び2頭となり、今後の繁殖に期待が持てます。ベンガルヤマネコは、取りあえずハクビシンに替わって展示されました。一見その辺りのネコと変わらないようですが、じっと物を見すえるその眼はやはり野生、何とも言えぬ幽玄な雰囲気を漂わせています。
中華人民共和国は、かつて近くにありながら遠い国でした。それがこうして友好親善で、2度に渡って動物大使が行き来するようになりました。歴史の流れ、重みを感じずにはいられません。今後もますます交流が盛んになり発展してゆけば、どんなに素晴らしいでしょう。

◆ 11月 ワオキツネザルの出産・オウサマペンギンの死 ◆
11日、ワオキツネザルが生まれました。現在、小型サル舎において繁殖がもっともスムースにいっているのが、このワオキツネザルです。ここ4〜5年は、毎年のように親子の仲睦まじい姿が見られるようになっています。キツネのようなとがった顔、大きく丸い眼、親と親の間を跳びはねるようになると、かわいらしさは一段と増してきます。
英語ではレムールと言い、お化けだとか、幽霊だとかの意味だそうですが、少なくとも子の内はそんなイメージなんかどこにもありません。くりくりしたあの眼を見ていると何とも言えぬ和やかな気分にさせてくれます。
この月は、他に15日にアキシスシカが出産しています。体表の模様のきれいなこのシカは、来園当初(54年2月下旬)わずかに2頭だったのですが、翌年から1年足らずの早いペースで、子を次々に出産して、今では賑やかな家族になっています。
26日、オウサマペンギンがアスペルギルス症で死亡しました。一般の方には、耳馴れない病名でしょうが、この病気は、ペンギンにとって一番恐ろしい病気なのです。カビの一種で、肺に、時には内臓全体まで冒し、遂には死に至らしめてしまいます。水虫の薬を気化させ肺に送り込めば、かなりよくなると言うのですから、だいたいどんな病気か分かると思います。
ペンギンを飼育する限り、この病気との闘いです。担当し始めると、少し餌喰いが落ちて、呼吸が荒くなったりすればドキンとします。アスペルギルス症にかかったのではないかと・・・。
このオウサマペンギンの飼育歴は、わずかに3年11ヶ月でした。かなり長寿と言われているだけに残念です。しかもオスで、メスばかりが残ってしまいました。有精卵が取れてフ化までいたったこともありましたから、返す返す残念と言うしかありません。

◆ 12月 冬枯れの季節 ◆
文字通り冬枯れ、いい事がないままこの月は始まり、終わってゆきました。まずケチのつき始めは、コモンマーモセットです。生まれたと聞いて喜んでいると、何の事はない死産でした。追い打ちはナマケグマです。生まれたようだけれど寝部屋には何もなく、よくよく探すと、わずかに子の頭骨と肋骨と思える一部が出て来ただけと言うのです。締め括りはオグロワラビー。5日よりチョコンと袋より顔を出し始めて、かわいい盛りを迎えようとしていた矢先の25日、袋より落ちてしまいました。なんとか親の袋に戻してあげたのですが、その2日後に再び袋より落ちてしまいました。今度は発見が遅く、子はもう冷たくなっていました。全く唐?だり蹴ったりです。担当者ならずともやけ酒をあおりたくなってくるでしょう。
12月はシーズンオフ。動物園にとってもただ耐える時期です。まれに前記のような出産もあるのですが、条件の悪い時期だけにどうしても失敗例が多くなります。実際、今担当している動物の健康維持に一番気を遣わせられる季節ですから、こんな月に動物が生れて欲しくないと言うのが各々の動物を担当する者の正直な気持ちではないかと思います。

◆ 1月 トラの出産、アノールトカゲ・アシナシトカゲの来園 ◆
17日、トラのカズが久々に出産しました。昨年の動物園の1年を思い出して頂けるでしょうか。そう、前夫は肉をのどに支えて窒息死すると言う前代未聞の話をお伝えしました。その後にやって来たオスとの間にようやく子ができたのです。
過去に30頭出産し、最初の1頭は人工哺育で育てられたものの、後の29頭の内、28頭も自らの手で育て上げている、実績充分の母親です。が、今回は冬の真っ最中での事、今までのように夏から秋に生れるようにコントロールしていた時と違います。多少の心配、不安はどうしても拭えませんでした。
心配、不安は容易に的中し、子は早くも翌日に衰弱死してしまいました。冬の出産は恐いとついさっき述べたばかりです。それがいとも簡単に証明されるのですから、やるせなくなってきます。
カズの出産記録は、全国で恐らく2番目か3番目でしょう。トップの上野動物園の記録43頭へ何処まで迫れるかしっかりと見守り、今後に期待したいと思います。
この月は、爬虫類館に面白い動物がやって来ていました。まずアノールトカゲ、大きさはその辺りにいるカナヘビと何ら変わらないのですが、不思議なのは見ている眼の前で緑色になったり、かっ色になったりと、変色することです。これには驚きました。天敵から身を守る為の術が、とっさに変色できるような能力を身につけさせたのかもしれません。
それと足のないトカゲ、正式にはアメリカアシナシトカゲ“足がなければヘビじゃないか”と言いたくなると思います。世界は広いですね。爬虫類の仲間でも、実に奇妙と言うか、私たちの狭い知識の中では、捕らえきれない動物がいっぱいいます。このアシナシトカゲもそうです。興味が津々と湧いて来たのなら、どうぞ爬虫類館へお越し下さい。担当者が懇切丁寧に教えてくれます。

◆ 2月 チンパンジーの出産・アオエリヤケイの死 ◆
8日、今か今かと待ちに待ったチンパンジーのデイジーが、ようやく出産しました。最初パンジーの生んだ子は、感冒にかかり肺炎を起こして死亡。次いでデイジーが妊娠するも中期で流産。挫折が続いていただけに待望久しい出産となりました。
当のデイジー、一応抱くだけは抱いてくれています。が、子に何をしてよいのやら全く分からないようで、自分だけ麻袋に潜り込んで子を足元に置いてみた、まあそうひどい目にあわせはしないようですが、その扱いはどうひいき目に見ても落第点です。乳首に近づけようとすることは、一度もありませんでした。
取りまく関係者のほうが、落ち着いていたと言えます。根拠はないのですが、前回のパンジーの育児下手や何となく利口さを感じさせないふだんの行動から、このデイジーが産めば人工哺育にせざるを得ないのではないかと思えるものがあったからです。となれば、決断は簡単につけられます。親がだめなら人工哺育と、担当班及び獣医の手で育てられることになりました。
リッキーと名付けられた、このオスのチンパンジーの子は、与えてくれるミルクをチュウチュウ、チュウチュウ、おおよそデリカシーと言うものを感じさせませんでした。もっとも、哺乳させる者にとってこれは大助かりです。夜ミルクを与えに来て、飲んでくれない時の情けない事、こればかりは、担当しなければ分からないでしょう。
リッキーの元気な成長ぶりは、その後何度も“でっきぶらし”で紹介されています。これ以上あれやこれやと言う必要はないと思います。
この月、キジ舎の主とも言えるアオエリヤケイが、ひっそりと姿を消しました。アオエリヤケイは、人工・自然育雛の両方の繁殖賞を獲得しているだけではなく、13日に亡くなるまでの数年間、大いに活躍しました。全国に散らばっているアオエリヤケイの大半は、この日本平動物園から出ていると言うことです。
活躍したオスと言うのは、反面、飼育係にとって、最も手を焼いた存在でもありました。飼育係をナワバリへの侵入者としか見ず、実に不そんな態度を取ります。掃除に入っても餌を与えに行っても、ガンガンと攻撃の姿勢、蹴爪を立てて向って来ます。担当する者にとってこれぐらいでなければだめだと言う気持ちがありますから、痛し痒し何とも複雑です。そんなアオエリヤケイが逝きました。寂しくなります。

◆ 3月 クロヒョウの断尾手術・コモンマーモセットの出産 ◆
ちょっとした怪我ぐらいで少しぐらい出血したところで、どうって事はないものです。それでも、それが毎日続くとなると問題になってきます。クロヒョウのオスがどう言う訳か、尾の先より5センチぐらい上のところをすり減らしてしまい、毎日、毎日少しずつながら出血するようになりました。その出血は止まる様子もなく、その内、誰の眼にも明らかな程弱ってきました。どうも貧血を起こしているようでした。
22日、出血を止めるべく、尾の切断手術をすることになりました。手術そのものは比較的簡単に終わったようです。要は、麻酔で眠らせて、バッサリ切って、消毒して、傷口をしっかり塞いでしまえばいいのですから。
問題はその後です。言葉が通じるのなら、何とでも申し伝えるのですが、誰もドリトル先生(動物と話ができる)のようには参りません。麻酔から覚めたクロヒョウは、痒いのか、痛いのか、盛んに傷口をいじり、とうとう傷口を開けてしまって、元のもくあみにしてしまいました。
そこで29日、やむなく再手術することになりました。今度は、手術した後、クロヒョウが眼を覚ますと、メスと一緒にすることにしました。安静にするよりそのほうが“気がまぎれていいだろう”と言う判断からです。結果は大成功、メスと戯れて傷口のことなどすっかり忘れてしまったようで、その内、傷口はすっかり固まり乾いてしまいました。
クロヒョウの再手術をする2日前の27日、コモンマーモセットがまた生まれました。が、今回も又育児放棄です。獣医が、「半ば死んでいると諦めていたけれど、俺のお腹に入れて暖めていたら生き返ったよ。」と語って、手のひらの中に隠れていた小さな赤ん坊を見せてくれました。俗にポケットモンキーと言われるサルの赤ちゃんです。どんなに小さいか御想像いただけるでしょうか。
取りあえずは獣医に預けられ、真剣勝負の人工哺育が始まりました。1回の哺乳量が、1cc前後なのですから、力まなくてもどんなに大変かは理解して貰えると思います。ちょっとしたアクシデントでどうなるか、多少の開き直りがなければ、とても育てていけなかったでしょう。
のぞみちゃんと名付けられたこのコモンマーモセットは、今子供動物園で元気に部屋の中を跳び回っています。もし今後も、9月27日まで元気に育ってくれれば、日本の動物園で初めて人工哺育に成功したと言うことで、繁殖賞の対象になります。
3月もまた爬虫類館に新たなトカゲが、お目見えしていました。マツカサトカゲと言い、見るからにグロテスクと言うか、マツカサがのそのそ動いているようで、おおよそ、トカゲのイメージとは程遠い感じです。それと、1月の欄で紹介したアメリカアシナシトカゲです。1頭では少な過ぎると言うことで、新たに3頭がやって来た訳です。

◆ 保護動物について ◆
保護動物がどうなっているのか、ほとんど触れませんでしたが、哺乳類で6種34点の保護収容がありました。内訳は、タヌキ (21)・ハクビシン(8)・キツネ(2)・イタチ(1)・イノシシ(1)・コウモリ(1)で、御覧の通りやたらとタヌキの保護が目につきました。
鳥類ではさすがに多様に及び、56種206点もありました。この紙面では全部紹介しきれませんが、主なものをあげますと、ツバメ・ムクドリ・ヒメアマツバメ・アカショウビン・オオコノハズク・アオバズク・ゴイサギ・コサギ・カルガモ・トビ等で、目別にすると、スズメ目18種・コウノトリ目6種・ミズナギドリ目4種・チドリ目10種等が目立ちました。この中には野鳥に疎い私たちにとって、想像のつかない鳥類もけっこういました。貴重な勉強材料です。

可もない不可もないと言いながら、こんなにもいろいろな事がありました。それでも私の書いている事は、ほんの一部のような気がしてなりません。それぞれ動物と直接向い合っている飼育係の生の声を全て集めたら、もっと凄い厚みのある1年になったでしょう。
ともあれ、また新しい1年は始まっています。来年度も“こんな嬉しい事があった”“あんな辛い事もあった”と語れるように、精一杯歩みたいと思います。この、“でっきぶらし”がいつまでも続くように御声援下さい。

いきなり予告もなしに開園以来の動物を中断し、動物園の1年を連載したりして大変失礼しました。あまり間を置いてはしらけると思い、あえて中断、動物園の1年を連載させて頂きました。と言う事で、次号より再び開園以来の動物にかかりたいと思います。
(松下憲行)

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