でっきぶらし(News Paper)

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112号(1996年07月)11ページ

動物病院だより 

 きびしかった陽射しもやわらぎ、過ごしやすくなり、日に日に秋らしくなってきました。そんな季節の変わり目に病院でちょっと悲しい出来事がありました。
 先日、入院していたヤギが死亡したのです。このヤギはかなり高齢で、双子の子供を出産したときに後ろ足が立たなくなってしまい、乳も出なかったため子供の人工哺育と治療をかねて入院した個体でした。その当時後ろ足は立たないものの、元気で、食欲は良好で餌の時間になると「メー、メー(えさを早くちょうだい)」と担当者を急がす始末でした。しかし年も年ですから、もう元通りには治らないかもしれないと思いながらも投薬を続け、ゆっくり病院の個室で静養してもらっていました。
 子供のほうは担当者にミルクを飲ませてもらい、多少便が軟らかいといったことがあったものの2頭とも順調に育ちました。
 そこでそろそろ離乳という頃にお母さんも広い場所の方がリハビリになると考えて、親子そろって退院ということで子供動物園に戻ることになりました。
 しかし、しばらくすると、コンクリートが当ってしまうのか、負担が大きいのか前足が腫れてきてしまいました。しばらくは入院せずに子供動物園で治療していたのですが、あまり芳しくありませんでした。子供のほうも精神的にもう自立しかかっていましたので、お母さんだけ再度入院ということになりました。
 前足のほうはしばらくすると腫れは引いてきて、治ったようですが、後ろ足は立つことができずに引きずったままでした。しかし相変わらず元気、食欲は良好で餌を催促する日々が続いていました。
 そんなある日、子供動物園のある小ヤギが前足を骨折してしまい、入院するということになりました。そこでこのお母さんと同居すれば母親代わりとなり、その小ヤギも気持ちが落ち着くだろうと思い一緒の部屋にしました。案の定、小ヤギは落ち着いていましたが、朝の餌の催促が「メー、メー」「メー、メー」という合盾ノなってしまいました。
 そして小ヤギの足もだいぶ良くなり、もうそろそろギブスも取れるかと思っていた頃でした。お母さんが仰向けにひっくり返って身動きがとれなくなっているのです。その時は、こちらが起こしてやると何もなかったような顔をして再び餌を食べ始めたのです。しかしその数日後、再びひっくり返っていたのです。今度はもう餌を食べるような状況ではなく、すぐ首から点滴を入れ始めました。しばらくすると口に餌を持っていってやるとそれを食べ、反芻までするようになったのですが、結局は翌日死亡してしまいました。
 このような職場にいると、多くの生と死に接することになります。生きているものに死はつきものです。しかし彼らが死んだときにはいつも「ベストを尽くしたのだろうか、もっとできる事はなかっただろうか」などと考えることになります。今回のような、言ってみれば大往生というようなケースでも、苦しまずに、安らかに逝けただろうかと考えずにはいられません。そのような後悔とも、反省ともいえるような思いですが、それを忘れずに大切にして、また別の生命が少しでも健やかに生きていけるよう、手助けができたらと思っています。
(金澤裕司)

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