でっきぶらし(News Paper)

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282号(2025年06月)3ページ

バンブーシンドローム

皆さん、バンブーシンドロームという言葉をご存じでしょうか?この症状が現れる人は世界でも少なく、まだ世間での認知度は低いでしょう。実は私は過去に一度、バンブーシンドロームを経験しています。今回はこの奇妙で希少な症候群のお話です。

時は遡ること10年程前、飼育員として働き始めて3~4年目くらいにレッサーパンダの主担当となりました。レッサーパンダの主食は竹で、美味しい竹でないと食べてくれないため、飼育員が毎日山に入り、アクの抜けた良い竹を選んで採ってきます。当時、レッサーパンダの飼育頭数も増え、餌として採ってくる竹の量もかなり多くなり、竹林の中でも採りやすい場所の竹が段々と少なくなってきている状況だったと思います。何ヶ月か過ぎた頃に(ちょうど夏頃だったかと思います)、何だか言いようのない不安に襲われるようになりました。強迫観念にかられて気が休まらない。悪夢を見ることも多々ありました。そこでレッサーパンダを担当したことのある先輩職員に相談したところ、「俺も同じだった!悪夢も何度も見た!」という答えが返ってきました。夢の内容は、レッサーパンダ館の裏には竹をストックしている場所(通称:竹プール)があるのですが、たくさん採っておいたはずの竹が一夜にしてなくなっている、とか。竹を採りに山に入ったら、竹が別の木に生え変わっていたり、とか。皆さん分かったでしょうか?これがバンブーシンドロームです。当園の歴代レッサーパンダ担当は高確率で発症しています。

寝ても覚めても頭の中は竹のことばかり。家族旅行しているときにも、ふと竹林が目に入ってくるたびに「美味しそうな竹だなぁ~」とか、「葉が焼けて食いが悪そうだな・・・」とか考えてしまうのです。竹田さんや竹内さん、大竹さんと会話していても頭の中は竹のことで一杯です。単純に毎日竹を採るだけでしょ?と思うかもしれませんが、雨の日などは足場が悪くなり、作業の危険度も増します。そんな時のために、天気予報を見て、一週間先くらいの仕事の予定を考えながら、竹採りをします。「竹のストック=心の余裕」なのです。

この竹をたくさん採らなければいけないというストレスがどれほどのものか、皆さんにはなかなか想像がつかないかもしれません。オーケー、分かりやすくハルキ調に言ってみよう。

「黙っているだけで軒先の雨垂れのように汗が滴り落ちてくるようなこの季節に、蒸し風呂のような竹やぶに自ら飛び入るというのは、あるいは君は僕のことを狂っていると思うかもしれない。いったい誰が蝉も鳴き止む8月の昼下がりにサウナのような場所で20kgもの竹の葉を採ったりするのよ?って言うかもしれない。そりゃ僕だってそう思わないこともない。夏はクーラーの効いた素敵なカフェで、泥水のようなアイスコーヒーでも飲みながらリモートワークできたらって。でもね。僕にはただ分かるんだよ。今、竹を採らないことで、僕がどれだけ損なわれてしまうかってことが。」

まぁ何を伝えたいかというと、とにかく竹のことが頭から離れなくなるのです。そしてどんなに嫌でも採らないわけにはいかないのです。何を差し置いてもまず美味しい竹を確保すること、これが至上命題です。現在私はレッサーパンダの副担当であるため、幸いにもバンブーシンドロームの症状は出ていません。しかしこの症状は完治しません、今は一時的に治まっているだけ、いわゆる「寛解」の状態です。もし園内で「た・・け・、ストック・・・、足りない・・」などと呟きながら虚ろな眼差しで歩いている私を見かけたら、「あぁ、また発症したんだな(笑)」と思ってください。(※この話には一部フィクションが含まれています。)

(久保)

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