でっきぶらし(News Paper)

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133号(2000年01月)4ページ

ゴリラ(ゴロン)のある日の日記より(前編)

1997年7月8日
 まさに俺にとって、今まで生きてきて最悪の日だった。
 初夏のあだやかな朝、麦ワラの上で寝そべっていると、最愛なるトトが、遊びたいのかいつものように近寄ってきた。俺の腕をたたいて逃げていった。トトにとって、これが遊びたいサインである。あまりにも気持ちがいいのでこのまま寝転がっていたかったが、トトにも少しはサービスしてあげようと遊ぶことにした。
 遊びといっても、追いかけごっことレスリングである。追いかけて行ってトトを捕まえると、トトは動かなくなり、手を離すと反撃してきた。今度は俺が逃げるとトトが追いかけてくる。そうすると今度はレスリングになり、俺が本気になるわけはいかず、手を抜いてやる。が、トトはけっこう本気である。俺にとって遊びであってもけっこう疲れるのである。
 こうして遊んでいると、俺たちのゴリラ舎前にテレビカメラを持った人たちがいつの間にか多く集まっていた。なんとなく、いつもと雰囲気が違う。ゴリラの勘はするどいのである。動物園の、見たことのある職員もいる。なにが始まるのかと、トトも気にしているようである。
 幼稚園児たちが入ってきて、俺たちの前で止まった。これから始まるのが、トトの送別会だとは、ゴリラの俺たちには知るよしもない。俺ものんきなもんで、この送別会を興味津々で見ていたのである。
 園長さんがマイクを持ってなにか話している。そのうち幼稚園児たちが歌を歌い出した。
♪ゴリラはエッホホ、
  アフリカのジャングルで
   胸をたたいてエッホホ・・・♪
 今度は、バナナを幼稚園児たちが、俺とトトに贈り物として俺たちのボスであるキーパーに渡してくれた。さっそくキーパーはバナナを2本くれたが、カメラマンの注文でもう一度もう一度ということで、結局6本も食べてしまった。喜んで食べたが、今思えば食べなければよかった・・・。
 幼稚園児たちが帰った後、キーパーや他の職員がテレビカメラの前でマイクに向かってアナウンサーとなにやら話している。そうっと耳を傾けると、トトは上野動物園に行っても他のゴリラとうまくやっていけるのか?残されたゴロンが心配だとか・・・いろいろなことを言っている。大きなお世話である。
 送別会も終わり、いつもの穏やかな動物園に戻ったかに思えたが、お昼すぎからまたゴリラ舎のまわりの雰囲気が変わってきた。
 テレビカメラを持った人たちが集まってきて、俺たちの前を通りすぎていく。入口付近が騒がしいのである。そのうち、ゴリラ舎の前を、見たことのない白色の車が通っていった。その車の後を何人かが走って追いかけていくのである。
(その車の中には上野動物園からきたゴリラのメス「タイコ」が乗っていたのである。)
 俺たちがいつも夜に餌を食べたり寝たりする部屋あたりが、やけに騒がしいのである。多くの人たちが、なにか仕事をしているらしく、重い物を運んでいる様子である。ギー、ギー、とへんな音も聞こえる。
 白色の車が帰ると、テレビカメラをかついで何人かが帰っていく。その帰る人たちはみな、俺たちの方を見ながらこそこそ話しながら行く。
「トト、元気でな。」
「トト、早く赤ちゃん産んでよ。」
「トト、今度上野動物園に見に行くからな。」
 俺もいるんだから、ゴロンの一言くらい言ってくれよ。忘れないでくれよ。
 この日は、朝の食事の後にバナナ6本もくれ、お昼もいつもより多く、何となくいつもと違っていたが、夕方にはお腹も空き、今日のいろいろな出来事もすっかり忘れてしまった。トトを見てもいつもの様子と変わりなく、のんびり麦ワラの上で寝そべっている。
(小野田祐典)

*今回を前編、次回を後編とし、昨年7月に行なったゴリラの移動に伴う様々な思いを掲載します。今年3月5日、上野動物園より来園した「タイコ」急死に際し、多くの皆様から花束、弔電をいただき、本当にありがとうございました。厚くお礼申し上げます。

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