203号(2011年12月)5ページ
≪病院だより≫アパート引越し大作戦
日本平動物園の正門(今は仮の正門ですが)から入ってゆくと、左手に六世帯が暮らすアパートがあります。アパートの名前は「モンキーアパート」です。手前からニホンザル、アビシニアコロブス、マンドリル、シシオザル、シシオザルの兄弟、ブラッザグエノンの順に暮らしています。このアパートはサルたちが昼間過ごしている園路側の金網の部屋と夕方から朝まで過ごす室内の寝室があり、この二部屋を通路でつなぐ間取りになっていて、通路を挟んで、外の部屋と寝室にそれぞれ扉があり、三つに仕切ることが出来るようになっています。
その一室に住むマンドリルは若いオスのジョジョと姉さん女房のマロンの夫婦です。ジョジョはやんちゃ盛りで、「自分が強いんだぞ」と威張りちらします。マロンは穏やかな性格で、園内を巡回しているとジョジョの様子を窺いながら、こちらの方にやってきてお尻を向けてくれます。これは彼女の挨拶行動です。
そんな二頭ですが、ジョジョも段々大人に近づき、体も立派になってきて、マロンと交尾するようになりました。マンドリルのメスは発情が来るとお尻がプックリと大きくなります。マロンも一ヶ月位の周期で発情していましたが、今年の五月を最後に発情が見られなくなっていました。発情が止まると言うことは妊娠している可能性があり、マロンの赤ちゃんが見られるかもしれないということです。今までの繁殖例から考えると出産は十一月半ば以降と考えられました。ただやんちゃなジョジョと一緒では子育てをするのが難しいと思われました。
そこで飼育担当者と獣医で相談して、ジョジョとマロンを分けて、しばらくの間、お互い一人暮らしをして貰おうということになりました。ただ一人暮らしが終わり、再び一緒に暮らす時にスムーズに行くように、お互いを認識していて欲しいと思いました。そこでアパートの部屋割りを次のように変更しようと考えました。ジョジョとマロンが隣同士でいられるように、マロンをアビシニアコロブスの部屋に、アビシニアコロブスをシシオザルの兄弟の部屋に、シシオザルの兄弟を動物園内にあるバックヤードと言う場所に引越しをして貰うことにしました。そして十月半ばに引越し大作戦を実行することにしました。
まずはシシオザルの兄弟の引越しです。ここ二人は兄レタスと弟ガッツという兄弟で、レタスはもうすぐ十二歳で大人の体つきです。ガッツは五歳でまだ体は小さく、産まれたときにお母さんのミルクの出が悪かったので、人の手で育てられました。引越しをして貰うには、捕まえなければなりません。そこでレタスを寝室に、ガッツを外の部屋に分けて別々に捕まえることにしました。上手く二頭が分けられたので、まずは力のある兄のレタスを先に捕まえようと、網を持って寝室に入りました。すると牙を剥けて威嚇をしてきましたが、怒りながら逃げ回り、網を振り回しての追いかけっこです。狭い部屋とは言っても、レタスは身が軽く敏捷で、中の止まり木も邪魔になるので、少し手こずりましたが無事捕獲して大きな麻袋に入れました。次は外のガッツです。外の獣舎は高さがあるので、棒などで追いかけて、鳴きながら逃げ回って、疲れて下に降りてきたところを捕まえました。ガッツはちょっとショックだったようで、バックヤードに連れて行っても放心状態で硬直してしまい、体をさすってやるとやっと動き出しました。一方、レタスは怒って麻袋に咬みついたままでした。これで大作戦一日目は終了しました。
二日目はまずアビシニアコロブスです。アビシニアコロブスはシシオザルよりも体が大きく、力も強いので、網で捕まえるのは少し大変だと考えました。外の部屋への出口に箱を仕掛けて、そこに追い込む作戦を立て、朝から開始しました。まず一頭が走り出て、箱の中に入りました。しかし二頭目が寝室を出た時に、一頭目が箱から出てしまい、交互に寝室と通路を行ったり来たりしていましたが、数分で何とか箱の中に入れることが出来ました。
最後はマロンの引越しです。ジョジョは威張り散らす反面、実は気が小さく、部屋を移動するときにはマロンが先に行かないと移動しません。そこで、それを利用して二頭を分けて、ついでにアビシニアコロブスで使う箱に入って貰えばこちらも楽ですし、妊娠の可能性があるマロンにとってもストレスが少ないと考えていました。そのため、担当者は夕方寝室に入る際に、二頭を分けられるように予行演習を行いました。そして当日を迎えました。二頭を外の部屋に出して、寝室に箱を設置して待ちましたが、いつもと様子が違うためか、マロンは一向に入ろうとしません。そこで箱を寝室から出して、まず二頭を分けて、その後マロンを通路に入れて、寝室に箱を入れることにしました。寝室に夕食を置いて、通路の扉を開けるとマロンだけが寝室に入り、夕食を食べ始めました。そこで通路に閉じ込めようと、寝室に入ったら、まずお尻を向けて挨拶してきました。通路に入れようと追いたてても、全然入ってくれません。仕方がないので最終的には直接網で捕まえましたが、気の良いマロンもさすがに鳴き叫び、急いで空き家となった隣部屋に移しました。しばらくするとマロンは何事もなかったかのように、捕まる前に、口の中一杯に詰め込んでいた夕食を食べ始めました。このようにして二日間の引越し大作戦を完了しました。
翌日マロンは新しい部屋から初めて外に出た時に、お隣のニホンザルたちにもお尻を向けて挨拶していました。その後マロンはのんびりと一人暮らしを楽しんでいる様に見えましたが、ジョジョは寂しそうで、マロン側の金網にいるところをよく見かけました。巡回に行くとマロンは相変わらず近寄ってきてお尻を向けて挨拶をしてくれて、お尻の状況を見ることが出来て、発情が来ていないことを確認していました。
ところが十一月に入ってからのある日、担当者が病院にやってきて、どうもマロンのお尻が大きくなってきたみたいだと聞かされました。アパートに行ってみるとマロンは外の部屋の止まり木の上の方でうとうとしていました。名前を呼ぶと降りてきて、お尻を見せてくれました。そこには大きくなり始めのお尻がありました。発情が近いようです。ということは現時点での妊娠はないということです。担当者、獣医ともども妊娠が空振りだったことと移動の苦労を思い出しガックリです。また時機をみて、ジョジョとマロンの同居を再開することを考えていますが、今回の別居を機にジョジョも少しは精神的に大人になってくれていると良いなと思っています。
動物病院担当 金澤 裕司