145号(2002年01月)3ページ
オマハ出張記(パート3)
オマハ四日目の八月一三日はダンさんの案内で午前中市内に建設中の「ボタニカルガーデン」に見学に行く。ここは植物園で、まだ三割程度の工事進捗状況でしたが、相当大きな施設になるようでした。その中には日本庭園も計画されていて、静岡からも静鉄の寄付で作られるということでした。海野さんの指摘で気が付いたのですが、機械でかなり深く掘り下げても石が無い事です。ほとんど砂地でした。ダンに聞くと「ロシアから飛んできた砂が積もったんだ。」と言う答えでした。工事中の回りに金網のフェンスが張り巡らしてあり、人間がこんな所に来るのかなと不審に思って聞くと「シカよけだ」とのこと。オジロジカが入ってきてコンクリートを打ったところなどを荒らすかららしい。また空にはヒメコンドルが飛んでいて、野生動物は豊富な感じでした。
動物園に戻ってきて、タンチョウの収容施設を見学。今はエミューとワラビーが入っていてかなり広い施設でした。ダンは「以前ここでツルを飼っていたので問題ないだろう」といっていた。こちらからは、屋根が無いので「切羽はどうするか?」と水場がないようなので「プールがあるといいが、プールでなくても水場が欲しい」と伝える。するとダンは「切羽はしない、腱を切るだけだ」「水場は了解した」と答え「詳しいことは獣医から説明する」との事でした。結果的に腱を切る手術を実際に見せてくれました。
このあと「リードジャングル」というこの動物園の最大の目玉施設で、実際規模は世界一との事でした。中は「アフリカ」「アジア」「南米」の三つのジャングルに分かれていて大きく三階建てになっている。地下一階が動物の獣舎、地上二階が観覧通路、植物で生い茂り、人工ツタを張り巡らし、ゆっくり見ればゆうに1時間以上はかかる施設でした。ただ、ダン曰く「哺乳類は三つのエリアに分かれているが、鳥は世界中飛び回っている。」との事でした。地下の獣舎を見学してびっくりしたのは、マレーバクのシュートがものすごく急な階段になっていて、こんな所どうやって登るのか?信じられない光景でした。でもダンは「毎日登って降りてくるよ。何の問題も無い」とあっさり回答。海野さんと顔を見合わせ、「うちでこんな獣舎設計したら、みんなからあきれられるだろう。」「相手にされないね」そんな会話を交わす、そのくらいすごい階段でした。また、このリードジャングルにはレストランが併設されていて一番高いところからガラス越しにジャングルを見ながら食事する、本当にいいロケーションでした。私たちも昼食は毎日このレストランで食事しました。(サンドウィッチがおいしかった)
午後からは「IMAXシアター」の見学をしました。この施設もヘンリードーリーの目玉で超巨大スクリーン(六〇ft×八〇ft)が売り物の映画館です。入場はここだけ別料金で大人一二歳以上六ドル七五セント、こども一二歳以下四ドル七五セントになっていました。プログラムは三種類で二ヶ月から三ヶ月で変えていくそうです。私たちが見たのは「パンダ」というタイトルで野生のパンダの子どもを密猟者から救出するというストーリーでした。夏休みということもあってか子ども達で満員でした。そのあと水族館、ワイルドキングダムなどを見学。
オマハ五日目の八月一四日は朝八時半に武井さんが合流し、九時にはダンが迎えに来て四人でカートに乗り動物病院の会議室に案内される。そこで獣医からプロングホーンの人工哺育とツルの断翼手術について説明がある。プロングホーンの哺乳はすべてがかなり細かく計画的に決められていて、ミルクもプロングホーン用のもので、作り方は、粉ミルクを二四時間前に溶かし同時に乳酸菌を添加し冷蔵庫の中で二四時寝かしたものを暖めて与える。またその量も生後一週間は二九オンスを三回に分けて与え、その後少しずつ量をふやし生後六週目を四二オンスで最高にし、そこからミルクの量を少しずつ減らし、生後二〇週目に八オンスまで減らし離乳させる。また、草や固形飼料も生後四週目から徐々に与えていく。等々、確立された保育マニュアルがありそれに乗っ取って計画的に進められていた。また、ツルの断翼手術は「実際に手術を見せるからそれを参考にして欲しい。」とのことでした。ここで一二時までレクチャーを受け、そのあといよいよ今回のオマハ訪問のメインである園長との昼食会に臨みました。 いつもの通りリードジャングルの入り口横にあるレストランで一般の来園者の後ろに並び、バイキング形式になっているテーブルから自分の好きな物を選びお盆に載せて、最後にレジで清算する。(我々の分はダンが支払ってくれていた。)この日私が選んだ昼食は大盛りのサラダとチーズバーガーのコンボ(ポテトの量がやたらと多い)飲み物はコーラというメニューでした。
一番奥のテーブルに行くとすでに副園長、ショーン、リズなどが座っていて、シモンズ園長はすぐ後に来た。武市さんが我々に園長を紹介してくれました、園長と一緒にはじめてお目にかかる人がいてしかも日本人。武市さんは園長のあとに「私の主人です」と紹介してくれてびっくり。まさか武市さんのご主人までミーティングに参加してくれるとは思っていなかったので本当に驚きました。後で聞いたのですが、ご主人はオマハ市の元市会議員で今は郡の監査役やられているオマハでも名士の方だそうです。
みんながテーブルにつき園長の「さあ食べましょう」という一言で何となくぎこちない雰囲気の中で食事が始まりました。ダンが園長に私のことを「カズは三二年も動物園で働いている」と紹介してくれると、園長は「そんな長くやっているようには見えないが、うちにも同じような飼育係がいるよ」と、そんな話から交渉が始まり、静岡からオマハに来る動物については海野さんが説明し、武市さんが通訳してくれると、園長は「分かった問題ない、後は必要な書類を整えれば良いだけだ。」続けて静岡が受け入れる動物の準備状況を、持ってきた写真や図面で説明し、プロングホーン以外はいつでも受け入れ可能なことを伝えると、シモンズ園長が「バイソン・ピューマは問題ないがジャガーとハクトウワシは問題が多い」と回答すると、回りに一気に緊張が走る。ネコ科キュレーターのリズが「ジャガーの一頭は"クロ"で、もう一頭は"スポット"でも良いか?」 と聞いてきたので、「いや困る、すでに新聞発表も"クロジャガー"としているので二頭とも"クロ"が望 ましい」と答えると、さらに雰囲気が硬くなったのが伝わってきました。また、通訳してくれている武市さんの表情もだんだん厳しいなってきて、ダンが「ハクトウワシはアメリカでは州間の移動も禁止されている。」と、ついに主題のハクトウワシに話題がうつり、みんなが身を乗り出してきた。海野さんが稲葉園長からの手紙(オマハから職員の派遣を要請)をシモンズ園長に渡し「できれば来年三月までにハクトウワシと一緒に来静して動物の贈呈式のイベントに参加してもらえるとありがたい。」と付け加えると、ダンをはじめみんなが大きな声で笑っているので、武市さんに何を笑っているのか聞いてみると「ハクトウワシを持って帰ってくるならそれも可能だろうけど」といっていたようです。周りの雰囲気は「ハクトウワシは無理」と言っているのがひしひしと伝わってきました。そこで、今まで話を聞いていた武市さんのご主人が口を開き「私は明日上院議員に会うのでこの件を話してみるから」と言ってくれました。するとシモンズ園長も「アメリカからは無理だけど可能性を探ってみるよ」と約束してくれ、この場の硬直した雰囲気をとりあえず変えてくれほっとしました。
約一時間半に及ぶミーティングがなんとか終わり園長がこれから「デザートドーム」を案内してくれることになり、武市さんのご主人も一緒に見学に加わりヘルメットをかぶり中に入りました。来年(二〇〇二年)の四月にオープンの予定だそうで急ピッチで工事が進んでいました。中は三つのエリアに分かれ「アメリカ・オーストラリア・アフリカ」の砂漠を再現するそうです。また、中の構造は地上一階、地下一階になっていて地上は砂漠館、地下が夜行性動物館になるそうです。その大きさは半端ではなく、大きな滝を作ったり、地下には大きな池も作る予定だそうで、完成したら是非みて見たいと思いました。また驚いたのは案内してくれている園長がまだ何もないところで、いかにもそこにあるように事細かに説明してくれることです。全部園長の頭の中に完成図が入っているようで、園長のアイディアの豊富さと様々なことを全て勉強しているそのすごさに驚くと同時に感心しました。
三時半にデザートドームを出て、園長や武市さんのご主人とも別れ佐渡友君と武市さんと4人で宿舎に戻り、今日のミーティングのまとめを約一時間ほどしました。今日の交渉でシモンズ園長はじめ、武市さんのご主人や佐渡友君など多くの人のおかげでほとんどの問題を解決できて本当に肩の荷が下りました。
オマハ六日目の八月一五日は朝八時半に佐渡友君、すぐあとにダンが合流。宿舎の外に出るとすでにリズがカートで待っていてくれて「ゴリラの精液採集を見せるから。」と一緒にゴリラ舎に行く。ゴリラ舎はかなり前の施設のようでキーパー通路もそんなに広くなく、フェンスも日本平動物園と同じような感じでした。そこに一頭のアダルトのオスゴリラがいて見慣れない私たちが入っていったからか興奮してフェンスに何回も体当たりをしていました。私たちはゴリラが見えるキーパー通路の隅の方に座っているように言われ、コンクリートの床に座って見ていると、キーパーが小型のクーラーボックスのようなものを持ってフェンスの前に正座して座り、ゴリラに対して檻越しにそこに座るように命令していました。ゴリラが命令に従うと褒美にちょうどマーブルチョコレートのようなものを与えていました。(実際にはゼリーだった。)ゴリラはどうしても私たちが気になるようで、キーパーの前に座る所まではするが、「両手で檻を持って」と言う命令にはなかなか従わず、すぐにその場を離れてしまい、その次の段階にいけないで、三〇分程が過ぎてしまいました。ついにキーパーも「今日彼は乗り気ではない」とあきらめてしまいました。やはり私たちの存在がゴリラを神経質にしてしまったと思い「私たちのせいで申し訳ありませんでした。」とキーパーに謝ると、彼は「誰のせいでもない、今日は彼がやりたくなかっただけだ。」と、いたってあっさり。実際に見ることができなかったのは残念だったのですが、あとでビデオテープをもらいゴリラの精液採取を簡単に(そんな風に見える)実施している所を見てビックリ!・・・ 採集の方法は檻越しにキーパーとゴリラが向かい合い、ゴリラは台座に座り両手で檻をつかみ静止している。キーパーは台座の前にある小さな窓を開け、ゴム手袋をした手を入れてゴリラのペニスを直接マッサージして、射精直前にビニール袋をペニスにかぶせその中に射精させる。そして持ってきたクーラーボックスに保存する。はじめから射精まで約四〇分から五〇分程で終了。ビデオを見る限りでは本当に簡単に淡々と作業を進め「一丁上がり」といった感じでした。今まではゴリラの精液採集といえば、全身麻酔をかけて電気ショックを与えて採集するというのがあたりまえと思っていたのでビックリ。この方法なら動物にもキーパー側にも負担が少なく最良の方法だと思いました。もっともここまで来るためには相当の時間と多くの努力があったことは想像に難くありませんでした。
ゴリラ舎を一〇時ころ出た私たちは、次に昨日行った動物病院に向かいツルの断翼手術を見学することになりました。手術をしたのはカナダヅルで片翼の翼角の腱を切断する手術でした。手術後は、翼はあるので見た目は変わらず、片翼の腱を切断するため翼が完全に伸びないので飛ぶことができず切羽と同じ効果があるということでした。手術のスタッフは獣医二名、研修医らしい若い人たちが四〜五名、あとツルの担当者が一名で行いました。時間は私たちに事細かく説明をしてくれたので四〇分ほどかかりましたが、通常なら五〜一〇分程度で終わる手術のようでした。
手術が終了すると今度は「プロングホーンに授乳をするのでKAZUやってみるか?」と聞かれ「是非やらせてください」とお願いし、本当にプロングホーンの授乳ができると思っていなかったので大感激でした。事前にやり方のレクチャーを受け(色分けした哺乳ビンが四本約二〇〇cc入ったものが二本一〇〇cc程入ったものが二本用意され、二人掛りで四頭に同時に量が少ない方から与え、次に量の多いほうを与えるように指示される)獣医と二人でいざプロングホーンの放飼場の中へ、実際に中に入ると、逃げるどころか四頭入り乱れて哺乳ビンめがけて突進してきて、こちらは大慌てでどの個体に与えていいのか迷っていると、次から次に指示が飛んでくる・・・ しかし、その指示がすべて英語なのでまるで理解できず、横の獣医を見ると少し毛並みの悪い個体の二頭に授乳をはじめたので、私はすぐ毛並みのいい少し大きめの個体に、両手をつかって二頭同時に乳首を口の中に押し込み、授乳をはじめました。一本目は瞬く間に飲み干して二本目を要求し始めたので二本目を取りに行っていると、待ちきれない二頭は獣医のほうに行き四頭がまた入り乱れてしまい、獣医から注意が飛ぶ。慌てて連れ戻し哺乳をはじめるが獣医からさっきよりもっと大きな声が飛ぶが理解できないでいると、見学していた佐渡友君から「個体が違う」と注意され、気が付くと毛並みの悪い個体を一頭連れてきてしまい、その個体にミルクを与えてしまっていた。慌てて授乳を中止し、今度は落ち着いてやるように自分に言い聞かせながら、四頭入り乱れている所から毛並みのいい二頭を誘い出し無事哺乳に成功しました。自分でも体験できることでコーフンしていて気持ちが舞い上がってしまいました。でも本当に貴重な体験をさせてもらい感謝感謝でした。自分としてはオマハの動物園が見学できたことも最高の収穫でしたが、このプロングホーンの授乳体験は何者にも変えがたい収穫になりました。
今日は昼の一二時から動物園のホールで日本平動物園のプレゼンテーションをすることになっていたのです。静岡を出発する前日、オマハの武市さんからファックスが入り「ダンがスライドかビデオテープをつかって日本平動物園のプレゼンテーションをヘンリードーリー動物園の職員にして欲しいといっているので用意してきて欲しい」と連絡が入り、急遽日本平動物園のスライドを七十枚、子供動物園でやっている幼児動物教室のビデオを(一五分程度)持参したのです。
一二時に二〇〇人ほど収容できる大きな動物園のホールに案内され、中に入ると三〇〜四〇人ほどの職員がすでに座っていました。早速飼育課長のダンの挨拶で始まり、武市さんが私たち(海野・鈴木)を紹介してくれ、次に海野さんがこの度のオマハ訪問で園長はじめ多くの人にお世話になったことへの感謝とお礼の挨拶をして、私がスライドをつかって日本平動物園を紹介しました。また、幼児動物教室のビデオを見ながら日本平動物園の歴史ある教育的プログラムの一環として報告しました。最後に副園長の挨拶で締めくくり、無事プレゼンテーションを終了することができました。ずっと一時間通訳をしてくれた武市さんには感謝あるのみでした。
オマハ七日目の八月一六日はついにオマハ滞在最終日になりました。今までお世話になったゲストハウスの掃除を朝からすることにし、海野さんが物置から大型掃除機を探してきてくれたので、各部屋満遍なく掃除をしました。さすが大型でパワーがあるので意外と早く終わることができました。一〇時ころから園内見学をしてまだ良く見ていなかった子ども動物園を見学してきました。ふれあい動物はヤギとヒツジのみで他のウサギ・モルモット・チャボなどはケージに入れたままでふれあいには出してありませんでした。以前リズに「なんで小動物のふれあいをしないのか?」と質問したことがあったのですが、彼女は「監視する人間がいないから」と答えていました。以前行ったリンカーン子ども動物園で小動物のふれあいをしていたのを見てきましたが、小動物一頭に対して係員(ボランティア)一人付きっきりで対応しているのを思い出しました。アメリカでは小動物のふれあいはマンツーマンで行うのがあたりまえのようでした。(動物の虐待と人間側の事故を防ぐ意味で)またもう一つは、牛の実物大の模型に搾乳体験のできるシリコン状の乳房がついていて実際触ってやってみると触った感じも、乳を搾る力具合も本物と変わらない感じで、多くの人が牛の搾乳体験できるいい方法だなと思いました。
ダンが「昼食を食べに行こう」と迎えにきてくれ、オマハでの最後の昼食をいつものレストランで食べ、その後空港までダンの車で送ってもらい、動物園から空港までは高速道路で四〇分程の距離でとても近く感じました。このときは武市さんも佐渡友君もいなく十分にダンにお礼の言葉も言えず、ただ「サンキュウ」の繰り返しでした。笑顔でダンと別れ、本当に多くの人にお世話になり、またいろいろ貴重な体験をさせてもらったオマハに別れを告げ、シカゴを経由して帰国の途につきました。
(鈴木 和明)