でっきぶらし(News Paper)

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271号(2023年04月)5ページ

病院だより

国内最高齢のシシオザルのペペと初めて会ったのが去年の9月。病院の飼育員になることが決まり、不安と期待でいっぱいの私に、病院での飼育動物の1頭として紹介されたのがペペでした。病院で会う動物たちはどの子も個性があって、好きなものも違って、てんやわんや手探りの毎日でした。そんな中、ペペといえば高齢であることを感じさせぬ元気さで、お部屋を汚すことが大得意。床だけでなく壁にまでウンチがついていたりして、毎日掃除のたびにこんなところにまで!?と驚かされていました。ですが、可愛いペペがしたことです。「しょうがないなー」なんて言いながら必死に壁の汚れを落としていました。そんな私を尻目に今日もご苦労さんと言わんばかりにマイペースなペペは、夕方の掃除までに壁にアートを描くわけです。そんなぺぺに笑ってしまうことも何度もありました。

そして私がやっと、病院での仕事に慣れてきた11月、ぺぺの部屋に設置してある台に登れないことが何度も続きました。台の上には朝夕と餌を置くので、いつもはするすると登って餌を食べます。設置してある木が原因で登れなくなっている可能性も考え、木の交換を行いましたが、やはりペペは登ってくれません。このままではよくないと、台の上に置いていた餌も床に置くようになりました。

そんな変化を気にしながら、毎日体調を伺っていた同じく11月のある日、朝の見回りをしているとペペが痙攣を起こし、うずくまっていました。すぐに治療が始まり、鼠経ヘルニアを起こしていることが判明しました。手術が終わり、高齢であるため目を覚めない可能性もあったので、スタッフ全員でペペの目が覚めることを必死に祈りました。その祈りが通じてか、奇跡的にペペは目を覚ましてくれました。

ですが、これで安心ではありません。回復するためには薬だけではなく、水を飲んだり、栄養をつけたりしなければなりません。目が覚めたペペはうとうととだるそうで起きているのがやっとという状態でした。頑張ってくれたペペを回復させるために、試行錯誤の毎日が始まりました。哺乳瓶で水を飲ませたり、固形の物はまだ食べられそうにない様子であったため餌をスムージー状にしたり、どんなものなら食べられそうかをみんなで考えながら与えていました。
そうこうしているうちに徐々にペペは驚異の回復を見せ、固形の物も食べてくれるようになり、ICUから入院室に移ることができるまでになりました。相変わらず、私たちはペペの採食量を増やすため、餌はどのくらいの大きさなら食べやすいかな?なんて相談していたのですが、ペペは今日もご苦労さんといった感じで以前のようなマイペースさが戻ってきた様子でした。

そんなペペの様子に安堵を覚えてきた1月のこと、出勤してきた私に思いもよらない言葉。

「ペペが昨日、亡くなりました」

その言葉に耳を疑ったことを今でも覚えています。『どうして?あんなに元気になってきたじゃない。なぜ?』そんな感情が頭をぐるぐる巡っていました。ペペが亡くなった時の様子を聞くと、穏やかに眠るように亡くなったとのことです。死因は老衰。きっと手術の麻酔から覚めた時も、餌を食べてくれた時も必死で頑張ってくれたのだと思います。

ペペが頑張ってくれたことは、治療や飼育にあたった全員の心に強く残っています。ペペからは諦めないぞという気持ちを強く感じましたし、そんなペペを見てこちらも諦めないぞという気持ちをもらいました。ペペのためにしてあげられたことはもっとたくさんあったのではないか?ペペは目が覚めてから私たちのことをどんな風に見ていたのかな。疑問や後悔は尽きませんが、ペペの飼育にあたった日々は私の宝物になり、ここでは伝えきれないほどたくさんのものを与えてくれました。ペペが残してくれたあの日々の気持ちを、ペペの頑張りを、私は絶対に忘れません。本当にありがとうと感謝の言葉を伝えたいです。

(保坂 知里)

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