でっきぶらし(News Paper)

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262号(2021年10月)5ページ

「キリンの難産」

 「動物園は、休園日は仕事お休み?」「生き物の飼育にお休みはないので、交代で勤務します。」「あーそうだよね、餌あげないといけないもんね。」年末年始やGWの前、動物園の外の方との会話でよく出てくる話題です。最近はワークライフバランスの取り組みもあるので、休みの日はしっかり心身を休められるよう、よほどのことがない限り休みの職員と連絡は取らないようにしています。でも、自分が休みの日にどうしても気になる動物がいるときは、我慢できずに「調子はどうかな?」と聞いてしまうこともありますが…。

 8月22日、私はお休みでした。夕方、キリンのメス、サクラのお尻から袋が出てきている!と飼育担当者と獣医師から連絡がありました。写真を見ると、外陰部から仔の入っている袋が出てきた様子。急いで動物園に行き、ビデオを皆でチェックしました。お尻側からビシャーッと液体が吹き出すように大量に出て、どうやら破水したようです。前日に担当者と、陰部が膨らんできているねと話していましたが、陰部が垂れ下がるようになってきていないので、まだかなと思っていました。

 出産に備え、監視室でモニター越しに夜間交代で監視することにしました。一旦帰宅して仮眠を取ってから交代することにしましたが、気になって眠れません。担当者と23時に交代した時は、もうすぐにでも出産するだろうと思うくらい何度も尾を挙げていきんでいました。「時間がかかっているけど、今晩には産まれるね。」サクラは時々餌を食べては歩いていきみ、たまに壁にお尻を当てて寄りかかり休むことがありましたが座って眠ることはありません。担当者も心配で眠れなかったようで、「どうですか?」と2時頃に連絡がありました。

 次の日、状況が変わらないので、陣痛を促す薬を注射しました。いきむ頻度が増えましたが、産まれません。当園ではキリンの出産時に難産になった経験がないので、複数の動物園に問い合わせたところ、難産の事例が他園でもありました。その後もサクラは頑張り続け、翌日明け方4時頃、外陰部から仔の片足が30センチ程出てきました。連絡を受けて、朝早くに皆駆けつけました。出ている足は前足と思われ、仔の体の向きは正常で、これから出てこられるかもしれないと期待が持てました。しかしそれ以上出てきません。仔の出ている足にロープを引っ掛けて引っ張ろうにも、部屋に入って近づくとサクラは人に対峙して前足を蹴り上げて威嚇するので近づけません。最初の破水から一日半も経っており、残念ながら仔は死亡していると思われました。このまま出産できないと、サクラが体力を消耗しきってしまうので、サクラだけでも助けたい。
牛ならすぐに外陰部から手を入れて、仔の体の向きが正常でなければ体勢を整えて出産補助をすることができます。立っているキリンでは、背が高くそれができません。無理に近づけば足で蹴られて人が大怪我してしまいますし、サクラが怪我する可能性もあります。ではなぜすぐ麻酔をかけて処置しないのか。背が高く血圧の高いキリンです。キリンの麻酔は誤嚥(胃の内容物が逆流して気管に入って呼吸困難を起こす)での死亡例が多いため、麻酔は最終手段。それでももう待てない状況です。麻酔が効いてもし横に倒れたらすぐに首を挙げて下に乾草を入れて支えて口先は下に向けて…等シミュレーションをし、午後から麻酔をかけて仔を介助出産させることに決めました。

 午前中、いきむ頻度が減ってきたので再度陣痛促進剤を打ちました。変化がないため、2時間後に今度は産道を広げる薬を注射しました。それでも、産まれません。午後からの麻酔に備えて一度病院に戻り、獣舎で監視していた担当者から「サクラが倒れた!」と無線が入ったのは12時57分。飼育員と獣医師全員で駆けつけると、担当者が必死に頭を支えていました。サクラはまだ足を動かしていたので、仔をロープで引っ張り出そうと6人がかりで試みましたが、出ません。同時並行で気管に管を入れて酸素吸入し始めましたが、ゴボゴボと喉元から音が聞こえました。既に誤嚥していたと思われます。首の血管から緊急薬を注射している最中にも、口から胃内容物の嘔吐がありました。皆で心肺蘇生を行いましたが、サクラは逝ってしまいました。サクラもダイヤも初めての繁殖だったので、産ませてあげたかった。申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 解剖すると、仔は子宮の中で座り、伸ばした右前足の上から首が右後方に180度折れ曲がった体勢でした。いくらいきんでも頭が引っかかり出られない状態でした。頭を真っ直ぐに伸ばしてから、外陰部から出してみようと数人で引っ張ってみましたが、出せませんでした。仔は少し小さく、昨年6月に繁殖行動が見られたことからすると、平均妊娠期間より1ヶ月くらい早産だったと考えられました。

 サクラと仔は解剖後、骨格標本にして教育普及に活かすため、ふじのくに地球環境史ミュージアムに寄附

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