でっきぶらし(News Paper)

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238号(2017年10月)4ページ

病院だより 「ミッション・ほぼ・インポッシブル?」

 私たち獣医師が動物の治療をする上で、最初に学ぶ処置のひとつに「爪切り」があります。一般的な動物病院では、看護師さんが動物をおさえて獣医師がパチンパチンと切っていく単純な作業ですが、動物園では一味ちがいます。今回は、そんな動物園での爪切りについてお話したいと思います。

 まずは簡単(安全)な方から。ヤギとヒツジの爪切りです。
ヤギ・ヒツジは偶蹄目(ぐうていもく)と呼ばれるように、その足先には爪ではなく蹄(ひづめ)がついているため、爪切りではなく削蹄(さくてい)といいます。ヤギ・ヒツジの削蹄には主に剪定バサミを使って伸びた蹄を切るのですが、1人で切る場合には彼らを押さえて切らなければなりません。ヤギは首輪にリードをつけて抑えられますが、ヒツジはうまく横にして、起き上がらないよう関節技をかけながら切ります。横になったヒツジの肩の下に足をかけると起き上がれないと教えてもらい試してみたところ、起きる。もう一度寝かせて足をかけても、起きる。おかしい。どうやらなにかコツがいるようですが、時間の都合上、後ろから抱きかかえて削蹄し、無事切り終えることができました。しかし、このやり方ではどうやら体がヒツジくさくなってしまうようです。

 さて、次は中級者向け、ゴマフアザラシです。
お客様目線では、丸みのある体にくりっとしたおめめのかわいらしい、どちらかというと「草食系」っぽく見えると思われる彼ら。爪切りの時には水中戦では勝ち目はないため、プールの水を抜き陸上戦で挑みます。用意するのは厚手の毛布、“やっとこ”(工具)、そして盾×2枚。アザラシの爪切りはチームで挑みます。1人がアザラシ1頭を引き寄せ、盾役2人がアザラシを袋小路に追い込み、さらに1人が毛布をかぶせてアザラシの上に乗り、やっとこ役が爪を切る、という具合です。しかし、実際に爪切りを始めると、彼らは驚くほどのパワープレイを見せてくれました。追い込んだ先の盾役が力負けして進路がズレる、毛布で上に乗った人が振り落とされるなどなど・・・。「少年ア○ベ」のゴ○ちゃんとはまったく違う猛獣っぷりに脱帽させられました。

 最後は上級者向け、猛獣館の主たちです。
ライオン、アムールトラ、ジャガー、ピューマなどの猛獣は、生身で立ち向かうとタダではすまないため、爪切りもふき矢を使って麻酔をかけて行います。麻酔が効いているかを確認するには、檻のスキ間からそっと棒を入れ、つつき、動かなければさっと室内に入り動き出した時に暴れないためのネットを体にかけるのですが、初心者には猛獣と同じ空間に入るだけでも結構な覚悟が必要になります。その後爪切りをするのですが、猛獣の爪はアザラシのものよりもさらに大きな“やっとこ(大)”を使用し、両手に相当な力を入れなければ切れません。そして、せっかく麻酔をかけたならと、体重を測ったり、口の中を見たり、ついでに血液検査用に採血をし、最後に麻酔を覚ます注射をして終了となるため、
なかなかの重労働になります。

 いかがでしたでしょうか?たかが爪切り、されど爪切り。
ちなみに、当園でおそらく一番簡単に?爪を切らせてくれるのはオランウータンのオス、ジュンくんです。彼は檻越しに素直に爪を出してくれるため、おやつで気をそらしながら切れるそうです。動物たちがみんなそんな素直な子たちだったら・・・と思いつつ、獣医師たちは今日も巡回で動物たちの爪がのびていないかチェックしているのでした。


(動物病院係  太田 智)

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